見出し画像

杉並城とKIVIK 〜双子の生活41〜

2017年2月4日

東京・高円寺にて奇妙なシェアハウス『杉並城』が誕生して2週間。住人である俺・兄PNRA・共通友人ターチ、そして東京へやってきたターチママの4人で、立川のIKEAへ来ていた。

理由は簡単だ。
シェアハウスを始めるにあたり、一通りの家具を揃えるため。ターチママからそのための金銭支援をして頂けるということで(圧倒的感謝)、東京へ来ていただいた。


3人掛けソファ『KIVIK』

PNRAを除く残りのふたりは、人が寝るに足る巨大なソファを欲していた。
杉並城はリビングが13畳あり、これを生かした快適な空間を作るため、そして来客のベッドにもなる、そんなソファを求めていたのだ。

そして購入したのが上記『KIVIK(シーヴィク)』。
肘掛に物を置いたりそのまま枕にできる。求めていたソファがここにあった。


1週間後、郵送を依頼していたソファが届く。
人がすっぽり入れるサイズのダンボールにたじろぎながらも、ウキウキで組み上げていった。


完成直後

13畳という広さをもってしても少なからず圧迫感を覚える。しかしそれ故にこのソファは杉並城のアイコン的存在となり、たまにやってくる来客・友人達に気に入られ、そして住人3人の尻を受け止め続けた。


寝ることもあれば


みんなで座ることもあった

愛され続けたKIVIK。
いや、誰もKIVIKなんて呼んでいない。KIVIKという正式名称は先日調べて覚えた正式な名前だ。杉並城を知る者達、そして住人は口を揃えて『あのソファ』と呼んでいた。
何人座っても、何年座ってもヘタらない強靭な座面。汚れては洗い少しずつ色褪せていくカバー。
PNRAは「別に無くてもいい」と言っていたが、俺とターチはずっと座り続けたい、そう思っていた。




2023年10月某日

約7年続いた杉並城の解散が決まり、そして各々の新居が決まった。シェアハウス故に家具家電をどのように分配するか話を重ねる。もちろんこのKIVIKも含まれていた。

ターチは自分の親が金を出してくれたという事情・そして思い入れもあり、出来れば捨てたくない。しかし自分の新居で引き取ることは難しい。双子の家でなんとか活用してほしい。
そんな感じの考えだった。俺だって思い入れはあるし、買ってもらった恩もある。

しかし……しかしだ。
3人掛け(実質4人掛け)のソファを、高円寺より狭い双子の新居へ設置するのは……どう足掻いても無理なんじゃないだろうか?いや、肘掛をはずしてローソファにすれば入るのか?それでも……

不安が募る。しかし引越し開始前に処分を確定してしまう勇気を持つ者がその場にいない。
結局双子の新居でKIVIKを受け入れることとなった。


2023年12月某日


引越し作業は苛烈を極めた。
収集癖のある3人が7年住んだのだ。当然荷物は2トントラックなんかでは収まらない。そして引越し業者は一部除いてほぼ頼らずに、自力で荷造りと荷運びをした。細かい打ち合わせから引越し完了まで実に3ヶ月近く費やした。

そして家の家具の大半は双子が受け入れた。有り難いものもあれば、体良く押し付けられたものまで(大半はこっち)。


KIVIK。
荷物を開けながら設置できる場所を模索した。
しかしどうしてもこれは設置できないと判断され……7年の歴史に幕を閉じる事が確定した。



2024年3月14日


KIVIK、初めて見る外界

KIVIKをマンションの指定場所に運ぶ。
板橋区はどうにも優秀のようで、申請してからわずか4日で粗大ゴミの回収日となった。

外で見るKIVIKは、家の中で見るよりもさらに大きく見え、ずっしりしている。色褪せこそあれど、購入した日から印象を変えていない。

一瞬、杉並城のリビングが目の前に現れたような気がした。外なのにだ。
やはりこのソファは、杉並城の顔であり、初期の初期から杉並城の歴史を支え続けた大黒柱だったのだろう。そんな当たり前に、このタイミングで気付かされた。


座った。
これが最後だと思うと座らずにはいられなかった。


PNRAも座る。
尻から伝わる懐かしい感触。
涙が出そうになった。PNRAもそう述懐していた。でもお前はソファいらない派だったじゃん、涙流す権利ないだろ。

通行人の視線が怖いので座るのはほどほどにして、最後にひと撫でしてから部屋へ戻った。




1時間後、KIVIKはそこにいなかった。
板橋区という自治体はやはり優秀らしい。
俺たちの思い出の詰まったソファはどこかへドナドナされていった。

解体した状態でないと外へ出せなかったので、接合用のボルトだけ家に残しておいた。KIVIKの遺骨だ。俺が大切に保管しよう。

7年間ありがとう、そしてさようならKIVIK。
ヤンチャな3人組を受け止め続けてくれてありがとう。おまえの感触は、たぶん今後一生忘れることはないだろう。




そしてその日の夜、新しい仲間が加わった。
2代目としてまた新しい思い出を作っていこうな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?