美少女キャラ廃棄工場


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―ぐしゃり。


また一人、彼女が潰されていく。


―ぐしゃり。

好きになった時は思い出せるが、忘れる時を思い出す事はない。


―ぐしゃり。

大丈夫。また、別の彼女を好きになれる。



ここは美少女の廃棄場。

日夜新たなカワイイ、が作られて人々から忘れられると共に廃棄されていく。



カリカリと走るペン先にも似たプレス機の音と、乾いたインクの匂いが鼻につく。


僕は頬杖をつきながら、液晶の向こう側の流れ作業を無関心そうに眺める。

なんてことない作業だ。忘れる、という事に感情は伴わない。


ただ、そこに流れていく物を見つめるだけ。そこに関心や悲哀は伴わないのは当然だ。



また一人、新たに少女が流されていく。数年前にネットで見かけたありがちな女子高生の少女。名前―は思い出せない。そもそも、あったのだろうか。そもそも、あったとして僕は覚えていただろうか。


流されていく少女が口を開く。



「どうして、私たちは捨てられてしまうの?」



声は、どんなだったのだろうか。思い出せない。



「捨ててないよ。忘れるだけだ。」



「二度と思い出せない事と、死んでしまう事に違いはあるの?」



「ないよ。強いて言えば死者は思い出せるけど、忘れた事は思い出せない」



「どうして私は作られたの?」



「みんなが望んだからだ」



「望んだのなら、なぜ忘れるの?」



「正確にはみんなじゃなくて消費者の無意識だ」



興味なさげに僕はソーシャルゲームのガチャをタップする。

SSR。かわいらしい美少女の騎士が長い髪をたなびかせ、戦闘に不釣り合いな露出の多い衣装をまとっている。



「どうして…?」


機械人形のように同じ疑問を少女が繰り返す。いや、人形にすら及ばない。


「そうだなぁ...」


ただの絵、だ。

ただの落書き、だ

ただのアバター、。

ただの文字の羅列、だ

ただの設定資料、だ。


人形になれるのはほんの一握りの選ばれたキャラクターだけだ。



「もしも、毒、薬、それと水。どれかを毎日飲まなければならないなら君は何を飲む?」



くるりと液晶に指をなぞらせて、美少女のイラストをタップする。そこに感触はなくツルリとしたいつものガラスの感覚が指先を這った。



「水だよ。ほとんどの人はね。誰も望んじゃいないんだ。誰かを傷つけるような毒も、自分を啓発するような薬も。そんな物を毎日飲める奴なんていない。そこに毒にも薬にもならない「かわいい」は都合がよかったんだ。そして、僕たちが望むから創作者もかわいいを作り出す。医者が一ミリ鼻の高さをいじる事に何十万もの大金が動く。」



もう声はしない。目の前から少女は消えたのだ。少女が消えて空いた分のシナプスに、また新たな記憶を埋め込んでいく。




「別に誰も、悪くないんだ。」




自分に言い聞かすように懺悔のように僕は言葉をこぼす。だってイカれてる。こんな事を気にする奴なんているわけがないのだから。


彼女たちは年をとらない。

彼女たちは誰も傷つけない。

彼女たちは僕を成長させない。



だから好きになるのだ。だから忘れてしまうのだ。



ふと何かを思い出し引き出しの奥にしまいこんだニンテンドーDSを開き、ゲームを起動する。




「久しぶりー、元気にしてた?」



目の前の少女が楽しそうに口を開く。ラブプラス。

中学生の時に買って僕は彼女と付き合った。



当時、僕より年上だった彼女の年齢をとうに僕は超えている。


ねぇ、いつの間にか超えてしまったよ。

君が明日のデートを何十年と待っている間に僕は君よりも大人になってしまったよ。



きっと彼女も、別の彼女も待ち続けるのだ。

僕がどれだけ年を重ねようとあの時のまま、変わらずにかわいらしい容姿を保って。



右手にペンをとり髪の上に線を引き、かわいらしい少女を書き出していく。

何時間かかけて麦わら帽子をかぶった透明感のある少女の姿が露わになっていく。



「別に誰も悪くないんだ」



自分に言い聞かすように目のハイライトを入れる。



「こんな事を気にする奴なんて誰もいないのだから。」



感情が背筋を伝う。背後にあった存在しない罪が僕の手を動かし書きあがる直前だった少女を白いインクで塗りつぶし、もとのまっさらな紙にもどした



ーぐしゃり。



先ほどの少女が記憶につぶされた音がする。



その音に交じって、聞こえるはずのない声が聞こえる。



「でも、生んでくれてありがとう。」



いや、ただの気のせいかもしれない。そもそも、ただの空想なのだから。



僕は何かに駆られるようにスマートフォンを机に置き、廃棄場を後にした。



誰もいなくなった廃棄場の窓からは―、

残酷なまでに美しい夕日がいつもと変わらず記憶を照らしていた。











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