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一軍になれなかった高校時代

南相馬市での悶々とした毎日


焼き物にはそこまで愛着というか、全く進路の選択肢にすら入っていないまま、地元の小学校、中学校での日々を過ごし、浪江町の隣、南相馬市にある県立高校に進学しました。

高校では、中学から続けていた剣道を続けることにしました。それなりに真剣に練習に取り組んではいましたが、そこまで強くもなくレギュラーにもなれない...一方で学校の授業もあまり熱が入らず、なんだか悶々とした毎日を送っていました。

つまらない日常からどうやって抜け出したらよいのか問題

そんな中で、外の世界とつながるチャンスもありました。それが友達とはじめたバンド活動です。地元の友人たちと一緒に、当時流行っていたELLEGARDEGNやアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)をコピーしたり、オリジナルの曲を作ったり…。南相馬市やいわき市のライブハウスでライブをすることもありました。同じ世代の高校生だけではなく、社会人と一緒に活動することもあり、高校の狭い世界だけじゃない、広い世界があるんだということを感じることができたのは当時の僕にとっては貴重な経験でした。


こんな環境の中で高校時代を過ごした僕は、とにかくこの狭い閉鎖的な世界から抜け出したい、東京に行きたい、という思いでいっぱいでした。田舎で高校時代を過ごした人なら少なからず共感してもらえるのではないでしょうか?

一方で、地方の県立高校にありがちなのかもしれませんが、僕の通っていた高校も多分に漏れず、国立大学至上主義でした。とにかく国立大学に合格することがいい!という風潮。しかし、ある日コンビニで立ち読みした「プレジデント」で「稼げる大学ランキング」という特集を目にしてから、僕の目標は一気に東京の私立大学に進学すること、になりました。

なぜなら、1位、2位は国立大学だったものの、3位には慶応義塾大学の文字が。3教科で合格してしかも稼げるようになるのなら、単純に考えて5教科7科目勉強しなければいけない国立大学よりも私立大学のほうがコスパいいじゃん!と思いました。それと同時に「先生や大人の言っていることがすべて正しいわけじゃないのかもしれない。自分で考えて選択しないといけない」。こう思うようにもなりました。

上京を決意したスピリチュアルな理由

そして実は僕が上京を決意したのには、実はもう一つスピリチュアルな理由もありました。

僕の叔母が懇意にしている占い師さんがいるのですが、高校生の時にその方に我が家を占ってもらったところ、「僕か弟か分からないが、どちらかが、何かを大きく変える力を持っている。東京に来なさい」というようなことを言われたのです。

当時田舎で悶々とした日々を送っていた僕は、その気になってしまい、「オラ東京さ行くだ!」と心に決めたのです。冗談みたいな話ですが、今考えれば、それだけ地元の日常に嫌気がさし、なんでもいいから東京に行く理由を探していたのかもしれません。


こうして、18年間過ごした福島県を離れ、2007年の4月に上京しました。


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松永武士

ガッチ株式会社代表取締役/大堀相馬焼松永窯 4代目
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