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暗黒の浪人時代とそこから抜け出せた訳

せっかく入学したものの、もやもやしたままの大学生活

つまらない田舎から抜け出したい一心で上京した僕でしたが、実は合格した大学は第一志望ではありませんでした。それでも、先生や両親から勧められて、不本意ながらもその大学に進学しました。

武道館で入学式を開催するような大規模大学。入学式に出席しながらも、「自分はなんでこんなところにいるんだろう」という切ない気持ちでいっぱいでした。

そんなもやもやした気持ちのまま迎えた大学生活。クラス飲みがあったり、サークルに勧誘されたりなど、とりあえず大学生活らしいことは体験するなかで、「楽しそう」と思ったこともありましたが、一方で「ここに馴染んじゃダメだ」と律する自分もいました。せっかく誘ってくれた飲み会も断ったりするなど、周りからみたら相当感じ悪いヤツだったんじゃないかと思います。

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「こんな気持ちのまま続けることはできない」と思い、1年生の夏に思い切って大学に休学届を出し、予備校に通いはじめました。いわゆる仮面浪人というやつです。ここで潔く大学を辞めることができないのが、僕の甘いところですが…


武田塾との出会い

大学を休学し、最初は代ゼミの単科生という身分で、クラスに所属せずに授業だけを履修する形で受験勉強をはじめました。でも、単に授業を受けるだけのこのスタイルは自分には合わない気がして、ここはすぐに辞めてしまいます。困り果てた時に出会ったのが、「武田塾」でした。

武田塾を知ったのは、ブログがきっかけでした。「予備校で授業を受けるだけでは偏差値は伸びない」。そんな内容に共感して、お茶の水の小さいマンションの呼び鈴を押しました。今でこそ各地に校舎を構える武田塾ですが、当時は、この小さいマンションが本校でした。

そこで塾長に、「なぜ一方的に授業を受けるだけでは伸びないのか」、「なぜ武田塾がいいか」、「自学自習のよさ」などを説明してもらい、「これだ!!!」という感じで藁をもすがる思いで、休学から2か月ほどたった10月頃に武田塾に入塾しました。そこからは少しずつ成績が上がっていきました。自分としても何となく勉強のやり方が分かったような手ごたえがありました。

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武田塾では、授業を受けるほか、スケジュールの管理をしてもらっていました。毎回、次週までの宿題がでるのですが、これをまるで小学生のように連絡帳で管理されます。ただ、僕には、この管理されるスタイルがとても合っていました。と同時に、勉強ができる人は、ちゃんとこうして自己管理しているんだな…ということがようやく分かりました。武田塾の宣伝みたいになっちゃいましたね(笑)

華麗に志望校合格!のはずが…

こんな感じで受験勉強も順調に進んでいた僕ですが、入試直前まで成績が伸び続けていたのに…なんと…

受験直前に彼女ができてしまいます!!!
浪人生が一番やってはいけないことです。しかも、彼女にはその後振られてしまいます。

気を取り直して、浪人生活2年目の7月から本気を出した僕は、偏差値を50から75まで上げることに成功し、慶應模試では3位に入るまでに成長しました。

そして2度目の挑戦でようやく慶應義塾大学のSFCに合格。
ご存知の方も多いかもしれませんが、SFCのキャンパスは、湘南藤沢。南相馬よりは都会ですが、イメージしていた大学生活とは少し違うかな、という印象でした(笑)

でも、2年前と比べると少し自分に自信がついた気もします。ここでようやく「大学生活楽しもう!」と思えたのでした。こうして、同級生に比べると2年遅れの大学生活がスタートしました。


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松永武士

ガッチ株式会社代表取締役/大堀相馬焼松永窯 4代目
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