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磯の鮑の片思い:いそのアワビのかたおもい #40 辞書の生き物

鮑の片思い

 「磯の鮑(アワビ)の片思い」とは文字通り、「片思い」をしている状況を表していますが、アワビが片思いしていた故事に由来する言葉ではありません。
 アワビはハマグリなどの二枚貝と違い一枚貝です。二枚貝のハマグリの場合、1つのハマグリ由来の二枚の貝殻はぴったりと合いますが、違うハマグリの貝殻とはマッチしません。平安時代にはハマグリの貝殻を使ったトランプの神経衰弱のような「貝合わせ」が行われていました。
 アワビの場合一枚貝で、二枚貝の片側だけに見えますし、ぴったりと合う相手方の貝殻が存在しないことから、片思いの「片方」の気持ちをかけた表現ができました。
 由来はずいぶん古く、万葉集の和歌が知られています。
「伊勢の海女(あま)の 朝な夕なに 潜(かず)くといふ 鮑の貝の  片思(かたもひ)にして」
意味:伊勢の海女がいつも海に潜って採るというアワビの貝のように、私の恋は片思いです。
 昔から片思いに悩む人は多かったのでしょう。

 アワビと言えば、ご祝儀袋に添えられている飾りの「熨斗:のし」は、本来は鮑を薄く削(そ)いで干したものが使われていました。伸ばしたアワビ「のしアワビ」ということから「のし」と言われるようになりましたが、伸びたアワビは長寿につながる縁起物として使われてきました。現在は簡略化され、黄色や赤の紙に変わっています。
 
 また、アワビやヤコウガイ、アコヤガイなどの貝殻の内側はキラキラ光る特徴があり、細かく削った貝殻の破片で漆塗りの器を装飾する伝統工芸の螺鈿(ラデン)の材料として使われています。
 アワビは刺身でも焼いても干してもおいしい素材ですが、貝殻も高級工芸の材料になっていて、片思いではなく引く手あまたですね。

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