スリランカに想いを馳せて

Twitterでたまに言及する「川崎に住んでいた時に近所にいたスリランカ人」について色々書いてみようと思う。
と言ってもつらつらと思い出して書くだけのオチ無し長文なので期待はしないでほしい。

私がまだ20代前半の頃の話、近所にスリランカ人の男性が住んでいた。
年齢はおそらく4〜50代くらいのそろそろ中年期も終わろうか、くらいのおっさんである。

いかにもな南アジア(インド周り)出身といった風貌と容姿で日本語が堪能だった。
話し始めのきっかけは覚えていない。いわゆる「ご近所付き合い」から交流が始まったのだろう、多分。
そこからというもの彼の属している南アジア(インド人、ネパール人とかの)集まりやコミュニティに誘われて結構話す仲にはなったのだ。

どういう人だったか、と語る前にまずはスリランカ人の一般的な国民性というものについて知ってもらいたい。
いわゆるステレオタイプ、というやつだが許してほしい。


一般的にスリランカ人は
・集団主義
・フレンドリー
・熱心な仏教信徒
・自由恋愛意識が希薄
・プライドが高い
・でも人の目が無いトコロではサボる
と言われている。

次に彼の性格と特徴だが
・自由気まま
・一応仏教徒(らしい)
・(自称)バツ2
・プライドやこだわり意識が希薄
・常時サボり魔

はっきり言って一般的なソレと真逆の性格をしている。


彼曰く「日本のIT周りの技術をスリランカの言語(シンハラ語というらしい)に訳してスリランカに持ち込むIT中継業(なんだそれ)をやっている」と言っていた。正直分からない。
ただ当時としては明らかにオーバースペックな自作PCを所持していたり自らプログラムやWebを組んだり作成できたりとその周りの知識は確かにあった人だった。

彼は日本の風土をえらく気に入っていた。日本は外国人を「お客様」という目線で見るというのを理解しておりソレを逆手にとって生活していた。一度とあるスーパーのレジにて敢えてカタコトの日本語で喋って過剰に親切にしてもらっていたのを目撃したのは今でも忘れられない。
そんな彼が私には流暢な日本語で話すのは信頼か、ソレともどうでも良いと思われていたのか、今では分からない。

また上記の通り彼は自称バツ2である。自由恋愛意識が希薄(現代は知らん)なスリランカでは男女の仲というのは基本的に結婚を前提にした付き合いらしい。
だが彼はその2度の結婚でそのスリランカの恋愛風潮が自分の肌に合わないと思ったらしく逃げるように日本に来たという。
意訳ではあるが「結婚はしたくないが恋愛はいつまでもしてえな」とクズツイッタラーみたいな事を言っていた。

まあ、日本に来た理由というのは他にもあるのだが…

また仏教徒でもあったがハッキリ言ってソレらしさは無い。ブッタだってたまには酔いたい時があるだろうよと訳の分からない事を言って酒を飲むのもしょっちゅうだった。
まあコレは周りのインド人やネパール人も「彼はそういう人だから」と止める事もなく見過ごしていたのでそもそもとしてコミュニティが緩かったのだろう。

そんな彼だが1つだけ琴線を持っていた。ソレはスリランカ内戦の事である。
彼はこの話をする時だけ普段の飄々とした態度から一変熱く語り出すのだった。
当時聞いた事を口語でまとめてみよう。
※1度上記リンクのWikipediaで概要を確認するのをオススメします

俺はシンハラ人だがガキの頃にはタミル人の奴らの友人が沢山いたんだ。実際その頃アイツらと話していた時に使ったタミル語も少しだけど話せる。
けど民族対立が深まってとうとう爆発してアイツらは敵になっちまった。俺は今でもアイツらの事を友達だと思っている、けど戦争がおっ始まって、軍服を着たアイツらの両親が俺らに銃口を向けてきたのは今でも忘れられない。
俺はタミル人を差別したことは無い。でも俺はシンハラ人ってだけでアイツらの憎悪の標的になっちまうんだ。
誰が悪い?タミル人を差別してきた政府?シンハラ人?黙っていられなかったタミル人?
俺はイギリスが全部悪いと思っている。世界的に見てみろ!イギリスが植民地にした事でその置き土産が残ってやばい事になっている国はいっぱいある。俺もその置き土産の悪影響を受けた民族の1人だ!
イギリスが全部悪いんだ。アイツらのせいで…

といった具合である。彼はイギリスに対する熱心なヘイトを持っていた人でもあった。


その後私は川崎から引っ越して以来彼とは出会っていない。願わくば、ソレこそ結婚でもして身を落ち着けていてほしい。

嘘か本当かは分からない外国人スカッとJAPAN話がひしめくTwitterだが、たまにはこういう意味のない話があっても良いだろう。