TOKYO四畳半キャンプ C-007世間という神様の正体についてNo.7

会社にいた頃にいた人たちの全体的な特徴はこうだ。
もちろん個別には色々あるけど。

1.今ある状況でベストを尽くす
2.言われたことをきちんとやる
3.これまでの流れを踏襲する

いわゆる優等生タイプ。勉強ができて、いわゆる世間にもちゃんと合わせられる人々。だから全く話が合わない。話せば話すほど僕がすり減っていくから話す気もなくなる。

あまりの窮屈さに、ある時上司に呼ばれた際に言った。
「そもそも同じ釜の飯的な発想では話ができないよ。おれ、ここの会社からいつでも居なくなれるもの。ここに一生骨をうずめるなんて思ってないもん。」
返答は
「そんなやつは信用できん」

いや、そうじゃないっしょ?プロとして与えられた時間で結果出す以上になにがあるの?って話なわけで。同じ釜を食うみたいな同胞意識があって、それが当たり前だと思ってて、でも俺そうじゃないからどうするよ?って話なわけで。ある時、進もうとする方向のスジがあまりにも悪いので、会社の外の状況を踏まえてその船には乗れないということ、その理由を明確に言っても相手にされないし、最終的には仕事なのでと割り切ってやった結果はだめで査定は下がる、みたいな。いや、それ、そもそもそこに舵を切ったあんたの問題だろ?みたいな。

そこにあったのはマウンティングと同調圧力、他者を認める事のできない不寛容さ。そして背景に横たわる会社という神様であった。昭和かよ。

注)みなさん、とてもできる人です。ぼくとちがって。

で、気付いた。そうか、この人たちの宗教は会社なのか。外に片足だけ突っ込んでる僕は異教徒だし、そもそも会社に一生を捧げるなんて夢にも思ってない。僕は僕の中の神様と話をしてOKが出たことしかしないけど、それじゃダメなのか。

ん???この構造、世間と言われているものと同じなんじゃね?

ということを感じ、なぜか思い立って限界集落と(僕が勝手に)呼んでいた田舎の建物の中で電気を使わない生活の実験を始めた。これが四畳半キャンプに繋がる。ありがたいのは、面白がって協力してくれたキャンピングカーが大好きな先輩や、中途入社で入ってきた才人たちがいたことだ。

ここで辞めるタイミングが満ちて行くのを感じてた。

でもやっぱり感じるのは「いつでもここから居なくなることができる」という手札を持つことなんですよ。僕の中ではとてもスムーズな感覚。とても重要な感覚。そのためには対象が変わって行っても、常に何かに興味を持ち続け興味を持ったものをやり続ける必要がある。ただしそれは努力なんかじゃなくて、好きだからやっているという類のもの。

こういう人に対して、「好きでやってるんでしょ?」っていうのをやな感じで言う人が一定数いるのは知ってるし、そこには「文句言うないいから言われた仕事やれ」とかいろんな余計な要素が乗ってるんだと思うけど、そう言う人は好きなことをやり続けることができなかったか、もしくは嫌なことする対価が仕事だと思ってるんだと僕は認識してる。とても残念だけど、相入れないのは仕方がない。好きなことが見つからないという人もいると思うけど、その人は何かに没頭してればいつかきっと見つかるだろう。


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ばたーさん

楽器メーカーにえらく長く勤めたあと退職。その間、並行してテクノロックバンドで歌ったり、〇〇ゲリラなどの企画をやったり、〇〇〇再生委員会をやったり。最近は四畳半キャンプをしつつ、次のための準備をしてます。週二回くらい12:00頃に更新。

TOKYO 四畳半キャンプ

45歳 会社員 兼業ミュージシャン?が 長期に渡る鬱の期間を脱して?無事??会社を脱出し 東京に移住して四畳半でキャンプ生活をはじめた
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