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いとこ同志の破滅

”お茶代”4月のヒョーロン課題

『インテリ男が運命の女に出会って破滅していく物語を反復する2人の巨匠、ウディ・アレンとロマン・ポランスキーについて論じた脱輪の文章を読み、文中から2ヶ所以上引用しつつ、同じ主題を任意の映画作品から2000字以上で取り出せ』

こちらの文章で、ウディ・アレンとロマン・ポランスキーを”自虐的な目線でもってインテリ男性の惰弱ぶりやブルジョワの退廃を突く”映画作家と書かれてあって、クロード・シャブロルもそれに当てはまるところがある監督なんじゃないかと思ったので、シャブロルの『いとこ同志』(1959)について考えてみます。

・あらすじ(※ネタバレあり)
 田舎からパリの大学に進学した主人公・シャルルは、同じく学生の従兄・ポールのアパートに同居することとなる。
 道楽者で友人の多いポールはシャルルをパリの街に連れ出し、シャルルはクラブで見かけたフロランスに惚れる。翌日、ポールのアパートで開かれたパーティーで、シャルルは訪れたフロランスと親しくなる。が、シャルルとフロランスは結ばれることはなかった。
 デートの待ち合わせの日時を間違えたフロランスがシャルルの家に向かうと、シャルルは不在で、家にいたポールは生真面目なシャルルを誑かすなとフロランスを説き、そこに現れたポールの友人・クローヴィスがフロランスのような男好きの女がシャルルで満足できるわけがない、ポールと付き合えと勧めたために、フロランスはポールと関係を持ち、そのアパートに同居することになる。
 泣く泣くフロランスを諦めた三人での生活を受け入れたシャルルは、故郷の母のためにも大学での法学の試験に合格するため、勉強に集中する。
 そして、一足先にカンニングで試験に合格したポールが開くパーティーの中でもシャルルは勉強し続け、フロランスに誘われても拒絶する。しかし、肝心の試験には落第してしまう…。

・シャルルの破滅
 あらすじからもわかるように、主人公のシャルルはフロランスを口説こうとしたものの恋愛関係を結べなかった。「インテリ男が運命の女に出会って破滅していく物語」ではあるのだがシャルルは、フロランスによって人生が豊かになったわけでもなく、ただ破滅してしまう。
 パリの本屋の店主には、バルザックを手にとる教養深さを褒められ、女にフられたことを告げると、学業に専念すればいいと諭される。
 にも関わらず、試験には落第した。なぜか。
 シャルルの試験前日にあったポールの合格パーティーでフロランスの誘惑を断ったとはいえ、パーティーの喧しさで集中できなかったからかもしれない。あるいは自分の好きな女と従兄がいちゃつく三人での同居生活で気が散っていたからかもしれない。
 しかし、ポールやフロランスに心配されるほどシャルルは部屋に籠もって勉強に集中しているように見えたが、母親好きのシャルルは勉強をしているフリをして故郷の母への手紙を綴っていることもあった(そして二人が部屋に入った瞬間に手紙を隠して教科書を出していた)。
 二人の目がなければ、シャルルは勉強に集中することができない男なのだ。
 またシャルルの母はポールと同居することを条件にシャルルの進学を許していてシャルルはポールの家を出ることもできない。
 つまり、シャルルは試験に落第する道からどうやっても逃げられない。
 ただフロランスと出会ってさえなければ、この物語の悲劇的な結末はなかったかもしれない。
 フロランスは魔性の女で、デートの待ち合わせが入れ違いになったとき、シャルルはフロランスが振った男が自殺未遂した話を聞いてしまうのだが、それでも彼女への気持ちを抑えられなかった。

 この映画の結末、落第したシャルルは、ポールの趣味で集められた拳銃に弾を一発だけ入れて、ロシアンルーレットのように寝ているポールの頭へ銃口を向ける。
 もしポールが6分の1を引かなければ、自ら死ぬつもりだったのだが、一度ポールに向けて引いた引き金は外れ、馬鹿馬鹿しくなって眠る。
 翌朝、ポールが戯れでシャルルへ向けて引いた引き金で発砲してしまい、シャルルは死に、おそらく朝帰りをしてきたのだろうフロランスによる呼び鈴が鳴っている中、ポールは立ち尽くすのだ。

 さて、「“インテリ男がバカ女に心を許したら死ぬぞ!適当に受け入れるふりだけして、自分の世界に閉じこもって生き延びろ!”というペシミスティックな教訓」を受けて考えると、インテリ男のシャルルは、フロランスに惚れたものの、関係を持つことはなかった。ではなぜ死ぬことになったのか。

・ポールの破滅
 この映画は結末まで見るとそのタイトル通り、シャルルという男の破滅ではなく、殺人を犯してしまった従兄のポールの破滅でもある。
 ポールは勉強もせずに試験の突破をしたように要領の良い人間で、女遊びに関してもシャルルのような恋愛下手ではなく、遊び相手の女が妊娠すれば、怪しげな友人クローヴィスを使って堕胎を迫る。
 ワーグナー好きでナチスのコスプレをする合理主義者で、魔性の女であるフロランスを以前から知っていても手を出すこともなかった。
 その彼が、フロランスと男女の関係になったのは、まず第一に男好きなフロランスに生真面目な従弟のシャルルを誘惑されたくないという従弟を想っての気持ちからだろうが、これまで散々遊んできたはずのフロランスが都会に出てきたばかりのシャルルに惚れているという事実を認められなかったからである。
 「合理的な人間が非合理の世界を受け入れない」ことで男は破滅に向かわない。

 ポールの破滅は、フロランスと男女の関係を持ったことではなく、フロランスという女が「シャルルに惚れている」というポールにとっては非合理的な現実を認めないまま、フロランスと関係を持ったことである。
 
 『いとこ同志』は合理的ではないインテリ男と、インテリではない合理的な男が女によって二人で破滅する物語なのである。

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