日本におけるLAFMS受容史(20世紀編)

イントロ

LAFMSという存在に強く惹かれるようになったのはそんなに昔のことではない。自販機本『Jam』や『HEAVEN』のバックナンバーを古本屋で買い漁り、そこに書かれた1980年前後の日本の地下文化情報を読んでいた時のことだったと思う。科伏という人物による音楽記事に大々的に登場するミュージシャン達は、どんなロックの教科書にも載っていた記憶がなかった。一般誌で見かけるロンドンやニューヨークとは違う、アメリカ西海岸のパンク/ニューウェイヴがここで強調される意味。特にLAFMSとは、日本のアヴァンギャルド/オルタナティヴ/フリー・ミュージックにどれほどの影響を与えたのか。興味はその一点に集中した。

LAFMSを研究するにあたって、まずは基礎資料となるものを作らなくてはいけないと考えた。その途中経過の報告というのが今回の主旨である。初期の文献は入手困難な場合が多く、どこまでフォローすべきか迷ったが、例えばLAFMS関連レコードの短いレビューなどは省略することにした。おそらく抜けている資料は沢山あるだろうが、探そうと思えば見つけることができたもの、という程度に思ってもらいたい。人名はすべて敬称を省略した。(画像は主にdiscogsから)

★→リリース
●→出来事

20世紀日本におけるLAFMS史

◎1975

★Le Forte Four『Bikini Tennis Shoes』[LAFMS 01]
★I.D. Art(V.A.)『phonograph record』[LAFMS 02]

●この年はまだ日本でLAFMSを知る人はいなかっただろう。

◎1976

★Le Forte Four/Doo-Dooettes『Live At The Brand』[LAFMS 03-04]

●この年も日本でLAFMSを知る人はいなかっただろう。ちなみに『Live At The Brand』のジャケット左上写真は、『同時代音楽』2-2号のジャケット裏ポスターにこっそり使用された。

◎1977

★V.A.『Blorp Essette Vol.1』[LAFMS 05]
★Joe Potts『Airway』[LAFMS Small Record 1]
★Joe Potts/Slimy Adenoid & The Pablums『〈Mother/Daughter〉/〈The Residents〉』[LAFMS Small Record 2]
★『LIGHTBULB〈Back To School Issue〉』[Lightbulb 1]
★『LIGHTBULB〈Halloween Issue〉』[Lightbulb 2]
★『LIGHTBULB〈Gobble Gobble Turkey Issue〉』[Lightbulb 2-1/2]
★『LIGHTBULB〈Christmas Issue〉』[Lightbulb 3]

●9月の12日から18日まで、ルナミ画廊で「AIR WAY ジョー・ポッツ展」開催。宣伝文は「昨年に続き足でかせいだゾッとする写真群。残酷なるは文明人。科学と野生は紙一重。事実は小説より奇」。この写真展でAirwayのシングル盤が販売され、偶然立ち寄った吉祥寺マイナーのオーナー・佐藤隆史がそれを購入した。そのシングルは数年後、ガセネタのギタリストである浜野純の手に渡ったという。なお前年にも同様の展示が行なわれているが、そちらでは販売はされなかったようだ。

竹田賢一が渡米。ロサンジェルスのライノ・レコードでLAFMSのレコードを購入。店主のリー・キャプランに「これに収められているのはa bunch of noiseだけど、本当に買うのか」と怪訝な顔をされたという。

●『Jazz Magazine』1977年11月号(1977年11月1日発行/株式会社ユニオン・アーツ)に、竹田賢一による『Live At The Brand』と『Blorp Esette Vol.1』の二枚のディスク・レビューが掲載される。おそらく本邦初の紹介記事で、詳細なメンバークレジットと、LAFMSについての解説、アルバム曲の解説を中心に書かれている。文末の「ミドル・ホワイトの自己解体の実践としては、パンク・ロックよりはるかに衝撃的な行為がここにはある」という力強い一文が、この後の日本での評価を決定付けたと言える。金野吉晃はこの記事を読んで竹田にレコードを借りたという。

◎1978

★Airway『Live at Lace (3 Minute Cassette Edition)』[lafms tapes]
★Chip Chapman『Magic Beans (with Le Forte Four and more)』[lafms tapes #2020]
★Seldom Melodic Ensemble『Godzilla's Mystery Abortion』[lafms tapes #2324]
★Dennis Duck『Goes Disco』[lafms tapes #2425]
★Airway『Live At L.A.C.E.』[LAFMS 06]
★Slimy Adenoid & The Pablums/Joe Potts『〈Under My Gums〉/〈Hungry Hungry〉』[VC4958S/F / VC4720BRE]
★V.A.『Blub Krad』[LAFMS 07]
★Le Forte Four『Le Forte Force (Bikini Bootleg)』[LAFMS 01-B]

◎1979

★Smegma『〈Glamor Girl〉/〈5 Years Wasted〉』[LAFMS 08]
★John Duncan『Organic』[AQM 201(LAFMS 09)]
★Monitor『〈Beak〉/〈Pet Wedding〉』[World Imitation]

●この頃、大阪梅田にあったレコード屋「LPコーナー」の「アングラ」と書かれたエサ箱で、美川俊治が『blorp esette vol.1』とレジデンツの『3rd Reich'n'Roll』を同時購入。LPコーナーについてはインキャパシタンツのCD『No Progress』のライナーノーツを参照。

●この頃、坂口卓也(T.坂口)が友人からLAFMSのレコードを譲り受ける。

『Jam』4号(1979年6月16日発行/ジャム出版)に「短期連載集中講座:サイケデリック・ミュージック」(科伏)。アメリカ西海岸をテーマに、ライノ・レコード、LAFMS、クロームを紹介。「科伏(シナプス)」は坂口卓也のペンネーム。アヴァンギャルドなエロ本として話題になっていた『Jam』にLAFMSが掲載されたことは大きい。

●夏頃、坂口卓也が渡米。ジョー・ポッツに出会い、数々のLAFMSアイテムを入手。この後、日本でのLAFMS紹介の第一人者として複数のメディアにLAFMSについて執筆することになる。

『Jam』9号(1979年11月21日発行/ジャム出版)に「短期集中再連載サイケデリック・ミュージック講座 LAFMSと西海岸NEW WAVE」(科伏)。パンク/ニューウェイヴといえばニューヨークとロンドンだった時期に、これだけロサンジェルス周辺アーティストにページを避けたのは、保守的なロック誌とは違う、自販機本というメディアだったからとしか言いようがない。

『Jam』10号(1979年12月24日発行/ジャム出版)に「短期集中再連載サイケデリック・ミュージック講座 WEST COAST'S REVIEW/LAFMS漸近線レポート」(科伏)。

◎1980

★V.A.『Blorp Essette Vol.2』[LAFMS 10-11]
★V.A.『Darker Scratcher』[LAFMS 12]

『宝島』2月号(1980年2月1日発行/JICC出版局)に「アメリカの混沌」(科伏)。副題は“ニューウェイヴに於けるサイケデリック・ロックの新たなる展開”。アメリカ西海岸のニューウェイヴ=LAFMSと60年代サイケを接続。

『HEAVEN』創刊号(1980年4月23日発行/HEAVEN EXPRESS)に「LAFMS NEWS」(科伏)。

『HEAVEN』4号(1980年8月1日発行/HEAVEN EXPRESS)に「Performances & New Waves 第2回」(科伏)。

『MUSIC MAGAZINE』1980年10月号(1980年10月1日発行/ミュージック・マガジン社)に「青空と天秤計りの闇深し 西海岸のニュー・ウェイヴの動き」(科伏)。本文よりも註釈の方が長い濃密な記事で、この時点で知りえる情報はあらかた網羅している決定的な内容。情報提供としてジョー・ポッツの名前がクレジットされている。

『HEAVEN』5号(1980年11月1日発行/群雄社出版)に「Performances & New Waves 第3回」(科伏)。

『HEAVEN』6号(1980年12月1日発行/群雄社出版)に「Performances & New Waves 第4回」(科伏)。

◎1981

★John Duncan『CREED』[AQM 202]
★Le Forte Four『Spin'n Grin』[LAFMS 13]
★『LIGHTBULB 〈Emergency Cassette (with 2 Cassettes)〉』[Lightbulb 4]

『HEAVEN』8号(1981年2月1日発行/群雄社出版)に「Performances & New Waves 第5回」(科伏)。

『HEAVEN』9号(1981年3月1日発行/群雄社出版)に「Performances & New Waves 第6回」(科伏)。

『アマルガム』7号(1981年6月頃/ピナコテカレコード)に「Performances & New Waves AMALGAM VERSION 科伏おもしろニュースその1」(科伏)。内容はLAFMSをはじめとする西海岸のオルタナティヴ・ミュージックの紹介で、『HEAVEN』連載の出張版といった趣。『アマルガム』は吉祥寺マイナー閉店後、ピナコテカレコードを設立した佐藤隆史が発行していたペーパー。

『Fool's Mate』17号(1981年7月1日発行/フールズ・メイト)に「LAの新しい〈音楽の波〉」(水上はるこ)。水上は『Jam』の編集長(自販機本ではなくシンコー・ミュージックから出ていた洋楽誌)で、『ミュージック・ライフ』の編集長でもあった。文中ではLAFMSのレコードが日本で高騰していることにメンバーがショックを受けたという記述がある。

●『Modern』1号(1981年7月20日発行/松下真之介)の坂本龍一インタビュー中、LAFMSについての発言がある。〈音の好みから言ったらフリー・ミュージック・ソサエティとか結構好きなんですけど〉

『テン・ミニッツ・ソロ・インプロヴィゼイション・フェスティバル』パンフ(1981年9月5日発行/10MSIFパンフ編集委員会)に「LAFMSコンピレーションLPのためのテープ募集のお知らせ」(坂口卓也)。LAFMSのメンバーから「日本の音楽を収めたコンピレーションLPを作る」旨の連絡を受けた坂口が窓口となってテープを募集している。なお、このフェスティバルにはトム・レッシオンとジョー・ポッツもテープで参加したが、即興を前提としたフェスにテープで参加したことについての是非を問う議論が若干沸き起こった。

◎1982

★Doo-Dooettes『Look To This』[LAFMS 14/Solid Eye A1]
★Tom Recchion『Freak Show』[PRT#6]

『夜想』5号(1982年1月発行/ペヨトル工房)にジョー・ポッツ「屍体の芸術」の翻訳掲載。訳者は森谷文昭。

『DECODE』1号(1982年2月18日発行/東邦出版)に「ベイエリアのニューウェーブパフォーマンスL.A.F.M.S.」(科伏)。81年中盤頃までのLAFMSの報告といえる内容。『DECODE』は武邑光裕編集のオカルト雑誌で、この一冊で廃刊。

『アマルガム』8号(1982年5月/ピナコテカレコード)に「Performances & New Waves AMALGAM VERSION 科伏おもしろニュースその2」(科伏)。前号から約一年近く経過してからの発行のため、改めてLAFMSの歴史を解説している。細かい文字でぎっしり埋められた圧倒的な情報量は『MUSIC MAGAZINE』1980年10月号と並んで必携。

●5月24日、池袋西武スタジオ200にて「通俗・異端・音楽実験室 BEAT COMPLEX-9」開催。出演はコクシネル。ジョン・ダンカン、灰野敬二、佐藤隆史。

●5月25日、法政大学学生会館大ホールにて、ジョン・ダンカン、Phew、近藤達郎(チャクラ)のライヴ開催。主宰は法政大学事業委員会ROCKS OFF。

◎1983

★Dinosaurs with Horns [Solid Eye]

『TWIST & SHOUT』4号(1983年4月27日発行/HALOes)に、『アマルガム』掲載の科伏のLAFMS紹介を、佐藤隆史が抜粋・加筆した要約記事が掲載される。目新しい内容は特になし。

『インディペンデント・ジャーナル』1号(1983年7月発行/『アマルガム』11号と兼用)に「フ・フ・フ第一回 LAこの1年ちょっと」(フリッツ・フォン・フルタチ&トランス・シナプシャフト)。対談形式でレコードを紹介する記事で、結成10年をむかえたLAFMSの現在を中心に解説している。

◎1984

『リベルタン通信あるいは同時代音楽3-0』(1984年3月1日発行/三共社)に「L.A.F.M.S. 前史・現在・企画」。これは海外『Musics』22号(1979年6月)に掲載されたLAFMS自身による解説で、彼らが初めて公に自分達を説明した文章であり、その歴史の記述は貴重なものだ。邦訳クレジットは「地下音楽」となっている。

『インディペンデント・ジャーナル』2号(1984年6月30日発行/アマルガム編集部/『アマルガム』14号と兼用)に「フ・フ・フ第2回 LAこの1月ちょっと」。前回と同様に対談形式でレコードを紹介。冒頭には科伏がボストンに行ってLAFMSの人達に会ってきた話がある。その他、フランスのPPPについて解説。佐藤隆史の日記には『LIGHTBULB』を共同で作ろうと試行錯誤している話が掲載されている。

◎1985

●『P.O.W』3号(PUNK ON WAVE)を横山SAKEVIとジョン・ダンカンが共同編集。

◎1995

『G-modern』8号(1995年4月25日発行/モダーンミュージック)に「THE BRAIN REMODEL vol.6」(T.坂口)。前号で小さく触れられていたBOXセットについての情報、およびLAFMSの受容史を兼ねた個人史が書き綴られている。

『G-modern』9号(1995年9月5日発行/モダーンミュージック)に「THE BRAIN REMODEL vol.7」(T.坂口)。リック・ポッツへのインタビュー、ほぼ完璧なLAFMSのディスコグラフィ、そしてBOXセットの続報が掲載された特集で、非常に資料性の高い充実した内容である。

『G-modern』10号(1995年12月25日発行/モダーンミュージック)に「THE BRAIN REMODEL vol.8」(T.坂口)。LAFMS周辺にいたアーティストの紹介。

◎1996

★V.A.『LAFMS: The Lowest Form Of Music』[Cortical Foundation/RRRecords]

『G-modern』11号(1996年4月5日発行/モダーンミュージック)に「THE BRAIN REMODEL vol.9」(T.坂口)。BOXセットの発売遅延についての情報、『G-modern』8号のLAFMS訪問記の続編が掲載。なお、当初の予定ではBOXセットのアーティスト・エディションにグラフィックを多数収録したCD-ROMがついてくる予定だったが、変更され、通常のCDになった。

『G-modern』12号(1996年7月10日発行/モダーンミュージック)にBOXセット『The Lowest Form of Music』のクロスレビュー掲載。「私は自らをLAFMS GENERATIONと称してもいいとさえ思うのだ」(金野吉晃)、「21世紀に向けられたLAFMSの展開にとって、間違いなくこのセットはいしづえとなるものであろうし、我々の心は既に新たな作品群への期待で膨らんでいる」(T.坂口)、「正にフリー・ミュージックという語が妥当する」(美川俊治)。

◎1999

★V.A.『Blorp Esette』[Transparency]
★V.A.『Unboxed』[Lightbulb 12]

●BOX『LAFMS: The Lowest Form Of Music』が出たあとはしばらく目新しい話題がなかったが、ベスト盤が2種類出た。

アウトロ

21世紀に入ってからは、2008年に「プレLAFMS(ラフムス)」展が関西で、2014年8月には東京でも「羅府夢衆展 - LAFMS (Los Angeles Free Music Society) and Their Friends in Slow Life Avant-garde」展がTOKI ART SPACEで開催されるなど、音楽以外からのアプローチも積極的に行われた。文献では、2013年にミニコミ誌『音人=ONZINE』で坂口卓也による「最低形態の音楽を求めて」が掲載されたのが今のところ最長のLAFMSテキストである。こうした流れで見ればわかるように、日本のLAFMS評価とはつまり坂口卓也によるひとつの運動体なのだ。

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