ニューミュージックという呼び方

ニューミュージックについて調べていたら、同時期に同じように調べている人を見かけた。人の行動というのは偶然重なるものだ。せっかくなのでメモを書き留めておくことにした。オチはない。

前衛ジャズとしてのニューミュージック

植草甚一の『ジャズの前衛と黒人たち』(1967年5月10日発行)は、植草がジャズ専門誌『スウィング・ジャーナル』で書いていたコラムをまとめた本だ。そこに掲載されているテキストを二つ紹介したい。

一つめ。「ESPグループの内部の声を聴いてみよう」。このコラムには前衛ジャズのレーベル「ESP-DISK」に関する話が書かれており、その内容の半分は海外週刊誌『National Observer』1965年6月7日号掲載記事の翻訳紹介である。ここに何が書かれているかと言うと。

たとえば「前衛ジャズ」というと、すぐ異論が出てウルサイので「ニュー・ミュージック」と呼ぶことにし、これを理解するには、どんなレコードを聴いたらいいか。(p315)
新聞記事は「彼らはそれをジャズと呼ばない」という小見出しのうえに「ニュー・ミュージックを演奏する気むずかしい人たち」と大きく組んであるが、以下はその紹介である。(p318)

この記事の原文は、海外のアルバート・アイラーのファンサイトにアップされている。原題は「They Don’t Call It Jazz - The Moody Men Who Play the New Music」というようだ。

二つめ。「ニュー・ブラック・ミュージックとマルカムXの自伝をめぐって」。このコラムは、ジャズレーベルImpulse!から1965年に出たオムニバス『The New Wave In Jazz』(AS-90)のリロイ・ジョーンズによるジャケット解説に面白いことが書いてあったので、その要点メモをお届けする……という内容だ。ジャケット解説とはライナーノーツのことだと思うが、そのアルバムの現物は見たことがないので断言はできない。ここに何が書かれているかと言うと。

いままではジャズ・アヴァン・ギャルドと呼ばれることが一番おおかった。しかしどうも白人芸術くさい。それでジャーナリズムが「ニュー・シング」という呼びかたを、しきりにするようになったのだが、これでは音楽そのものが感じられない。ついで黒人の前衛ジャズメンは、自分たちが演奏するものを「ニュー・ミュージック」と呼んだ。だが、いかにもアッサリしている。ところが「ブラック」の一語を間にはさんで「ニュー・ブラック・ミュージック」としたところ、そのものズバリということになった。(p328)

この二つから読み取れるのは、当初「前衛ジャズ」、今だと「フリージャズ」が、初期に「ニューミュージック」とも呼ばれていた、ということだ。その前に「ニュー・シング(New Thing)」もあったようである。ニュー、ニュー、ニュー。

新しいロックとしてのニューミュージック

さて次に篠原章『日本ロック雑誌クロニクル』(2005年1月21日発行)に掲載された、中村とうようインタビューを参照したい。初出は『Quick Japan』30号(2000年4月)で、雑誌『ニュー・ミュージック・マガジン』の創刊に至る経緯の話が中心である。

“ニューミュージック”という言葉にはこだわりがありました。アメリカのフォーク雑誌『シング・アウト!』にポール・ネルソンという人が、ボブ・ディランとビートルズが一緒に切り開こうとしている新しいポピュラー音楽を認知しなきゃだめだということを唱えたんですね。そのとき彼が使った言葉が“ニューミュージック”。それは大文字のニューミュージックじゃなくて、たんに新しい音楽を彼らは創っているという意味でのミュージックにニューをつけただけだったかもしれないけれど、ぼくはポイントをついた言葉だなと思った。それで誌名を“ニューミュージック・マガジン”とするんです(p104)

『Sing Out!』の該当コラム「Popoeuvres」掲載号はおそらく1966年9月号。ポール・ネルソンの生涯を辿ったKevin Avery『Everything is an Afterthought: The Life and Writings of Paul Nelson』(2011年11月発行)から孫引きすると(p36)、下記のような書かれ方だったようである。

While no one in their right mind is going to deny that the New Music has been influenced to a great degree by Negro rock-and-roll and rhythm-and-blues, it is too easy to overestimate their importance on its final worth. The question is, can one really correlate the Mississippi Delta and Chicago’s South Side to the triumph of Bob Dylan’s Highway 61 Revisited or the Beatles’ Rubber Soul? Only indirectly if at all, I think, and certainly no more (and perhaps a good deal less) than other correlatations which would include women, experiences, ways of dealing with everyday craziness on any street in any city, abstract painting and poetry, modern dance, comic books, genre movies, the works of John Barth, J.P. Donleavy, Thomas Pynchon, Joseph Heller, Jack Kerouac, Ken Kesey, Bertolt Brecht, Susan Sontag, Marshall McLuhan, Charlie Chaplin, Jean-Luc Godard, François Truffaut, Brigitte Bardot, Humphrey Bogart, Jean-Paul Belmondo, et al.
(超訳)ニューミュージックが黒人のロックンロールとR&Bから影響を受けたことを否定する人はいないが、その最終的な価値について過大評価しすぎるのはどうかと思う。問題は、ミシシッピ・デルタ(※ロックンロール発祥の地とされる)とシカゴ南部(※シカゴの治安の悪い黒人エリア。R&B発祥の地とされる)がボブ・ディラン『Highway 61』やビートルズ『Rubber Soul』と本当に関連付けられると思う?ってこと。俺が思うに、それはまあ間接的にはあるだろう。他のいろいろと比べてもさ。(以下、いろいろ名前をあげる)

これを書いたポール・ネルソンは、それまでのロックンロールやR&Bの文脈では捉えられない領域にボブ・ディランやビートルズはたどり着いているんだ、と感じているのがわかる。そういう新しい領域を切り開いた音楽家を取り上げる雑誌として、中村とうようは『ニューミュージック・マガジン』と名付けたのだろう。ということは、ルーツミュージックへの眼差しを常に持ち続けた同誌の立場は、最初から分裂気味だったのではないかとも思える。ニューミュージックと言いながら、オールドミュージックも追っていたのだから。

日本のニューミュージック

こうした海外での呼ばれ方を経て、日本での独自の「ニューミュージック」がある。もともとキャッチコピー用に名付けられたらしく、厳密な定義が存在しないジャンルだが、日本の「ニューミュージック」は、1970年代に始まった、歌謡曲ではないポピュラー音楽のことである。多くはシンガーソングライターによるもので、アメリカ西海岸のフォーク・ロックに影響を受け、それ以前にあったフォークソングよりもポップス寄りになったサウンドが特徴。ここから大衆的すぎるミュージシャン(アリス、松山千春、さだまさし、他)を抜いたものがシティ・ポップと呼ばれる。

最初に書いたように、とくにオチはない。

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