薬

睡眠薬で血糖値が下がる?

 NHK総合で2017年2月22日(水)午後7時30分から放送された番組「ガッテン!」の「最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎 」。放送後、専門家や学会から内容に問題があるとの抗議の声があがりました。その後、厚生労働省が口頭で厳重注意、NHKが番組ウェブサイトで謝罪文を発表し、事態が収束しつつあります。

 このことについては、ブログ記事 NHKの謝罪文からわかること - 地域医療日誌 に書きましたが、そのつづきをここに書いてみます。

そもそも、睡眠薬(またはオレキシン受容体拮抗薬)を服用すると血糖値が下がる、という科学的根拠はあるのか?

という疑問について、調べてみたいと思います。


PubMedでは該当研究なし

オレキシン受容体拮抗薬と糖尿病

 PubMedでオレキシン受容体拮抗薬(orexin receptor antagonist)を検索してみました。

 "orexin receptor antagonist diabetes"で検索すると、PubMed Clinical Queries (therapy/broad)検索ではたった3件のみ。マウスやラットの研究でした。

 フルテキスト検索しても11件のみ。そのうち、血糖値を比較したヒトの研究はひとつも見つかりませんでした。

 PubMedを検索した範囲では、オレキシン受容体拮抗薬で糖尿病の血糖値が改善したという研究は発表されていなかった、ということがわかります。

ベルソムラと糖尿病

 それでは話題のスボレキサント(suvorexant、商品名 ベルソムラ)はどうでしょうか。

 "suvorexant diabetes"でテキスト検索すると、なんと1件のみ。2016年の日本人の研究者によるマウスの研究[1]でした。

 これから何かわかってくるかもしれませんが、まだ動物実験段階ということでしょう。

 残念ながら、ベルソムラで糖尿病の血糖値が改善したという研究は発表されていなかった、ということがわかります。


NHKは何を根拠に報道したのか?

 ここまでで、NHKで報道された内容は「科学的には誤り」であったことは明白です。謝罪文にあるような「行き過ぎた表現や短絡的な表記」などの次元の問題ではありません。

 それでは一体何を根拠に報道されたのでしょうか。謝罪文にはこのようにあります。

睡眠障害が血糖値の異常をもたらすことは、シカゴ大学など様々な研究機関から報告されており、広く知られています。

「睡眠障害があると血糖値の異常をもらたしやすい」ことは以前から報告があります。しかし、そのことと「睡眠薬を使うと血糖値が改善する」とは全く別のことです。

大阪市立大学医学部附属病院では2015年から、糖尿病患者のうち睡眠障害を合併している方を対象に、睡眠薬を使って睡眠障害を改善する臨床研究を行っています。睡眠障害が改善したことで、17人中、14人の血糖値が改善したというデータを番組ではお伝えしました。

 さらに、大阪市立大学医学部附属病院で実施された臨床研究を根拠のひとつとして、番組では紹介されたようです。これは睡眠薬を投与した小規模の介入研究のようです。

 残念ながら、PubMed検索でこの論文はひっかかりませんでした。

 テレビ番組で公表されている情報ですから、すでに発表された論文があるはずです。この論文を探してみたいと思います。

大阪市立大学の臨床研究?

 幸いにも、大阪市立大学のウェブサイトに2015年に発表された同じ研究テーマの論文情報が公開されています。確認してみましょう。

 ここでは、ひとつの横断研究[2]が紹介されています。

 私たちは今回の研究で、脳波計を用いて糖尿病の血糖コントロール指標であるHbA1c増悪が、睡眠の質を決定する睡眠第1相の時間短縮、さらに、脳を休息させる深睡眠である徐波睡眠の短縮と有意に関連することを明らかにしました。さらに、それらの睡眠の質の増悪が動脈硬化指標であり、心血管イベントリスク因子である頸動脈の内膜中膜肥厚度と関連することを示しました。

 糖尿病の血糖コントロール指標であるHbA1cが、睡眠の質の指標と関連があることが明らかになった、という報告です。

 横断研究ですから、この結果から睡眠障害と糖尿病との因果関係を断定することはできません。さらに、睡眠薬を投与した場合の血糖コントロールへの影響についても、何もわかりません。あくまでも関係があることが示唆されたというレベルでしょう。

未発表データ?

 しかし、この研究は番組で紹介された臨床研究ではないようです。そもそも、これは介入研究でもありません。

 この論文の最後にはこのように書かれています。

期待される効果
 現在、睡眠障害により特異的に有効とされるオレキシン阻害薬を用いて、睡眠障害改善によってもたらされる現象について解析中です。

 関連論文などを検索してみましたが、うまくヒットしません。

 未発表データだったのでしょうか?(介入研究の結果をテレビのバラエティ番組に最初に発表する、なんていう暴挙はありうることでしょうか?)

 うーん、謎は深まるばかりです。雲行きが怪しくなってきましたので、このへんでやめておきましょう。

 時間がたてば、わかることもあるはずです。


文献

1. Tsuneki H, Kon K, Ito H, Yamazaki M, Takahara S, Toyooka N, Ishii Y, Sasahara M, Wada T, Yanagisawa M, Sakurai T, Sasaoka T. Timed Inhibition of Orexin System by Suvorexant Improved Sleep and Glucose Metabolism in Type 2 Diabetic db/db Mice. Endocrinology. 2016 Nov;157(11):4146-4157. PubMed PMID: 27631554.

2. Yoda K, Inaba M, Hamamoto K, Yoda M, Tsuda A, Mori K, Imanishi Y, Emoto M, Yamada S. Association between poor glycemic control, impaired sleep quality, and increased arterial thickening in type 2 diabetic patients. PLoS One. 2015 Apr 14;10(4):e0122521. doi: 10.1371/journal.pone.0122521. PubMed PMID: 25875738; PubMed Central PMCID: PMC4396841.




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