手を挙げられない

 ノートの上の左手に目玉を落としたら、指先が淡く震えていました。聞こえてくるのは、紙を踏むペンの足音と、白墨の跳ねる音。顔を上げれば、いくつもの丸まった背中と、たゆたう髪の毛。白い字を読み、目を伏せて、そっくりそのまま記そうとしたら、字が歪んで。シャーペンを置き、消しゴムをつまみ上げれば、指先から弾け飛んで。床に落ちました。

 そっとイスを引き、拾い上げれば、低い声が響き渡って。ページのめくれる音が、辺りに降り積もりました。スカートを直しながら席につき、字を消して。ペンを取り、写しました。そうしているあいだにも、重い言葉の残響が、耳になだれ込んできて。だけど、穴は詰まっていて。あふれる声。まばたきをせずにはいられませんでした。何回も、何回も。

 何度も字を間違えながら、すべて書き取れば、また、チョークの硬い音。周囲を見渡せば、どの手もなめらかに動いていて。ぎゅっとペンを握り締め、再び目玉で反復横跳び。書かれていく数字が、記号が、あるいは漢字が、ひらがなが、ただの白い染みに見えました。視線を垂らせば、今度は黒いにじみにしか。

 頭を掻きながら、黒に白を追いかけさせて。そうしたら、転んで、転んで。書き損じ。ペンを離し、湿った手のひらをスカートで拭ったら、開いていた教科書が目に留まって。一行だけ、瞳でぺろりと舐めてみたら、太ももをわしづかみせずにはいられなくなって。気づけば、口呼吸。

「ここまで大丈夫ですか」

 手を挙げることは、できませんでした。

                               (了)

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