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3]脚本意図

主宰:大森渓より


これは新歓公演第2弾を観た方用に書いたノートです。脚本の意図についてを軽くまとめたものなのでネタバレが嫌な方はブラウザバック推奨です。

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というわけで、
今回やりたかったことは大きく2つ、1つは全員が全員を見下し合っている友人グループの会話回しです。もろに人間性が出ている会話くらいが気取ってなくて好きなんです。そこで不毛な女子会というアイデアが出ました。3人の女の子がいるのですが、それぞれ

細野→愛される(を目標にしている)カス
高橋→思想と言動とが追いついてない大人女子(皮肉)
坂本→寒いセルフ漫才

というキャラをつけて各々が表面上は仲良くしていても実際は貶しあっているという構図を作りました。また、1人vs1人vs1人という構図以外にも2人vs1人とか、3人vs惚気話という構図を作って、脱線話でもコロコロ会話構造が変わっていくという遊びもしてみました。

もう1つは幽霊要素を入れようということです。これは僕の好きな作品に影響を受けたというところが大きいですね。
例を挙げるなら

「夏目友人帳」「左門くんはサモナー」「お迎えです。」「ぬらりひょんの孫」「11人もいる!」etc.

劇中でも似たようなセリフがありましたが日常のなかに非日常がヌルッと収まっている様がみれたら心地良いなと。
そして幽霊とその対立関係にあるタカヤくんなるキャラを置いてみるという感じでありがちな設定なんですけど楽しんで脚本を書けました。

後は細かいところになると、演劇に絡めた内容にしようという構想もありました。いざ完成したものをみると宗教勧誘レベルでくどくどしいものになってしまったなと思ってます。少し自分の中では心残りですかね。

最後に、今回の「そしてフィクションは続く」という意味についでです。
1つは、大滝くんが再び脚本を描き始める。その完成品がこの「そしてフィクションは続く」であるという循環設定での意味です。
もう1つは、幽霊という概念についての意味です。劇中で「幽霊っていると思いますか?」というセリフが沢山出てくると思うのですが、これが核心だと思ってます。
よくテレビとかで心霊現象とかを沢山紹介するバラエティ番組とかありますが、そんなもの見ても幽霊って本当にいるんだとは確信をもって言うことはできないじゃないですか。幽霊ってものの存在の確信に普遍性はないのではという考えです。現象学的に言うと個人経験にしか基づかない存在とでも言いましょうか。

あくまでも僕の中での概念なのですが
幽霊=フィクション的
と思っています。主観的な確信が限界の存在です。これを肯定しても良いよねというメッセージも0.01%ほど含めたつもりです。

以上、新歓公演第2弾の脚本本人による解説でした。この度はご来場いただきありがとうございました。

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