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理科室。

今回の短編小説は理科室での話です。高校の頃は理科室で弁当を食べていました。

良ければ一読ください。
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 どこかにひとそろいの部屋がある。
 僕がそう思い始めたのは、高校生の頃からだった。

「君には落ち着きがない。
 まるで、言葉と行動がそろっていない」とクラス担任は言った。
「彼が嘘つきなんです」と僕は言った。
「そうじゃないわ。
 君がバラバラなの。
 こんなこと言って厳しいかもしれないけど、心配だわ」
 クラス担任は僕のことを心配しているようだった。

 嘘つきで有名なキリ君ではなく、僕が心配なのだ。

「お前に必要なのは、ひとそろいの部屋だよ。
 あいつの言うことなんて聞くことはないさ」とキリ君は言った。
 キリ君はクラス担任のことを『あいつ』と呼んだ。

「先生の言ってることは、なんとなくわかるんだ。
 おれの行動と言葉がバラバラなんだ」
「昨日のことか。
 お前が約束を破ったわけじゃないだろ。
 おれがあいつに頼まれた仕事をしなかっただけだよ」
「先生に君が『仕事』をすると言ったのは間違いだった。
 君が今日の昼まで学校に来ないことは知っていたのに、だ」

 僕は少々怒りを込めてキリ君に『自分の間違い』を言った。

「それはお前の勝手だろ。
 おれはあいつが嫌いなんだ。
 なんで、頼み事なんて聞かなきゃいけないんだ」
「そう。
 おれの勝手だよ。
 間違いない」

 キリ君はこうなると何も聞かなくなる。
 自分の嘘を、友達や先生の勝手な解釈だと思い込む。

「俺だって、嫌いな人の言うことなんて聞きたくないよ」と僕は言った。

「お前もなんで姉貴となんてルームシェアしているんだ?
 こき使われているだけじゃねぇか」

 いつものことだった。
 キリ君は僕の姉が嫌いだった。

 キリ君が僕の姉を嫌いな理由はよくわからなかった。

 一度だけ、キリ君が家に遊びに来た時があった。
 その時、姉は機嫌が悪かった。
 たぶん、彼氏とまた喧嘩したんだろう。
 家に帰ってきた姉は、部屋にキリ君がいるのを見て少し驚いた様子だった。

「こんにち...」とキリ君は言った。
「こんにち?」と姉は聞き返した。
 それが二人の出会いだった。
 大したことのない、どこにでもある姉と友達の挨拶だった。

 キリ君が帰った後、本当に姉の機嫌が悪いのに気づいた。
『勝手に友達をつれてくるな』と姉は僕に言った。

 僕はむしろ『彼氏を勝手につれてくるな』と姉に言いたかった。

 結局何も言わなかったが、不公平だと思ったのだ。

 その次の日、僕はいつものようにキリ君と昼ご飯を食べるために理科室へ行った。

「昨日はあれからどうだった?
 お前の姉貴、機嫌が悪そうだったな」とキリ君は会うなり言った。
「そうでもないさ。
 いつものことだよ」と僕は言った。
「何かおれの事を言ってなかったか」とキリ君は聞いた。
「特に...」

「理科室は静かで、安心して昼ご飯を食べることができる」
「あと、涼しいのもいいね」と僕は言った。

 キリ君はいつになく深刻そうな顔をしていた。
 そして、「お前くらいさ」と言った。

「おれの話を聞くやつらは、それぞれ聞きたいことだけを選びとってる。
 それは、おれのことを否定してきたやつでも、助けてくれたひとでも、基本的には同じだ」
「君が嘘をつくからだよ。
 何を聞いたらいいか、おれのも時々わからなくなるな」と僕は言った。
「そう。
 だからお前が怖いんだ」
「君は俺のことを味方じゃないと思っているんだろう」
「やめろよ。
 おれにはそれをするな」とキリ君は言った。

「それ...」

 僕には何も言うことがなかった。
 どちらの味方でもないのは明らかなのか、とその時思った。
 僕はただ、キリ君と語り合いたかった。

 責任を回避するキリ君も、自らの正当性について語るばかりだった。
 それについて何を言ったらいいのかわからなくなってしまったのだ。

「お前には、ひとそろいの部屋が必要なんだ」とキリ君はまた言った。

「理科室は避難場所なんだ。
 まだ、ひとそろいの部屋じゃないな」と僕は言った。

 やはり、キリ君はいつになく深刻そうな顔をしていた。

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