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ヨーロッパから学んだ、日本の体罰・パワハラを防止するために私たちにできること

「日本は街も安全で人も優しいのに、子供達は安全じゃないね」。
これは、剣道界での体罰・パワハラのニュースを聞いたオランダ人の友人に言われた一言です。

初めまして。私はオランダ在住のフリーランス・ライターの佐藤まり子と申します。普段は、働き方やSDGsについてメディアに寄稿しつつ、剣道雑誌の英訳サイトも運用しています。剣道は中学生の頃から続けており現在五段です。今回は、ちょっと勇気を出して剣道界の体罰やパワハラについて書いてみようと思います。

世界から見たKENDO

一般的にあまり知られていないかもしれませんが、いま剣道は世界に拡大しつつあり、私が住むヨーロッパには、アクティブな有段者(初段から八段)の剣道家が1万人以上います。
昨年、韓国で開催された世界剣道選手権大会には過去最大の56カ国が参加しました。

宗教も文化も違う国々で、こんなにも日本文化が受け入れてもらっているのかと思うと、すごく誇らしく嬉しい気持ちになります。

何に魅力を感じているのか、なぜ続けているのかを聞くと、下記のような答えが返ってきました。

・剣道を通じて自己研鑽ができるところ
・向上心を忘れずにいられること
・謙虚な心が持てるところ
・道着や袴、刀が美しい
・所作に日本人の美意識を感じる

競技としての魅力だけではなく、その精神性に惹かれているようです。日本に比べると数は少ないですが、オランダ人や他国の子供たちも剣道を習ってくれています。あるオランダ人の保護者の方は「先輩が後輩を助け教え合う姿勢が美しい」と言ってくれました。「剣道を習うことで、子供は倫理観を学べる」という意見もあります。

日本における剣道の競技人口の減少と継続率の低下

さて、剣道が世界で拡大する一方、私たちが受け止めなければいけない事実があります。日本における少子化です。剣道に限らず、少子化が進めば各スポーツの競技人口は減っていきます。また、これまでのハイパートップダウンの体育会系のやり方は、確実に通用しなくなってきています。私たちは、上からの指示に従うだけではなく、自分たちで考えて道を切り拓かなければなりません。

特に今後、私たち大人が考えていかなければならないのは、子供達への体罰・パワハラの防止です。

強豪の先生が生徒を殴った、稽古中に殴る蹴るの暴行を与えた、といったニュースが流れると、私の周りにいる剣道関係の日本の友人たちは「ああ、よくあるよね」と言います。そう、よくあることなのです。剣道は竹刀で叩き合う競技ですので、ある程度は仕方ないところもあると思うのですが、殴ったり蹴ったりはやりすぎです。耳を疑うような酷い言葉で子供を傷つける先生もいるらしく、ニュースを聞くたびに悲しい気持ちになります。この古い体質は、競技人口の減少と継続率にも大きな影響を与えることでしょう。

冒頭でご紹介しましたが、日本の剣道界のニュースはヨーロッパにも伝わってきています。
「日本は街も安全で人も優しいのに、子供達は安全じゃないね」と言った友人は、部活動における教員の方の体罰やパワハラ発言のニュースを見て、こういった感想を漏らしました。「よくあること、で済ませちゃダメでしょ」と。

大人が心がけること

もちろん、これが一般的なのではなく、子供たちの安全や成長を考え、献身してくださっている先生方もたくさんいます。
しかし、剣道を始めとする日本の部活動やスポーツでは、明らかに体罰やハラスメントが多いように感じるのは気のせいでしょうか。

私はまだ34才で段位も五段なので、こんなことを偉そうに書ける立場では全くないのですが、これまでの剣道人生で知り合った子供たちが、成長する過程で大人に不当に傷つけられるようなことは、あってはならないと思っています。何もしなかった自分のことも許せなくなるでしょう。

なので、こんなことを心がけませんかと、皆さんに問いかけるような気持ちで書いていきたいと思います。

子供の人格を尊重すること

学校教育法の第十一条では、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。」と明確に禁止されています。

文部科学省の「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例」には、体罰と認定された行為や、懲戒の事例、正当防衛と判断されると考えられる行為についてもまとまっていますので、もしよければご参照ください。この事例を見てみると、人として子供の人格を尊重していれば体罰は起こり得ないことなのでは?とすら思います。少なくとも、社会に出て同じことを大人にしたらハラスメントとして問題になります。まあ、社会でも同じことが起こっていますが。

私たちは体も子供達より大きく、人生経験も長いです。また、教育の現場では先生・生徒という上下関係、スポーツ指導の現場でも同じように上下関係があります。しかし、「人の上」にいるということは、誰かの人権を侵害していい理由にはなり得ません。

「よくあること」で済ませない

日本は、ムラ社会です。誰かに助けられ、誰かを助け、お互い支え合ってきた文化があります。「お互い様」という言葉もあります。それは素晴らしい考え方である一方、「声をあげにくい」というデメリットもあります。特に、儒教の影響を強く受けた剣道には、強烈な上下関係があります。目上の方を敬うという姿勢は美しく素晴らしいものですが、これも「声をあげにくい」原因の一つになっています。目上の方に対して不平不満を言うことは不遜で、無礼であるという考え方です。

そして、日本人は我慢強いです。「オランダで日本と同じこと(体罰やハラスメント)が起こったらどうなる?」と友人たちに聞いたら「即、剣道辞める」と言われました。「確かに、翌日からもう稽古にこなそう」と思いました。むしろ個人を著しく傷つけるようなことを言われたら即、道場から出て行きそうです。「先生はすぐ解雇される」「大問題になる」という意見もありました。総じて、「強くなる上で正当な行為(苦しい稽古)は歓迎だが、不必要な体罰に耐える必要はない」という意見でした。

このように、日本では「よくあること」でも、世界から見たら「あり得ない」ことかもしれません。「日本は恥の文化なんでしょ?なんでそんなことが起こるわけ?」という、もっともな意見も出ました。

オランダ人から学んだこと

最後に、オランダの剣道界で学んだことを書きたいと思います。私はオランダに住んでまだ3年目なので、オランダ人全体に共通することとは言い難く、しかも狭い剣道コミュニティのなかで感じたことだと念頭に置いて読んでいただけたら嬉しいです。

オランダはとにかくフラットでオープン、且つダイレクトです。先生だから、先輩だから、といったことは関係なく、「何が問題か」「何を話し合うべきか」に焦点をあてて話し合いが進みます。

そんなオランダ人たちと過ごしていて「日本人の私でもこれは真似できそうだ」と思ったことがあります。それは「個人を尊重すること」です。

例えば、昨年から剣道雑誌「剣道時代」の翻訳をオランダ人の友人と一緒に手がけているのですが、彼はよく「記事を読んで、みんながinspire(インスパイア)されたらいいな」と言います。他のオランダ人からも、このinspire(インスパイア)という言葉をよく聞きます。

優秀な人の考え方を知って、そこから自分独自の道を探そう、という考え方です。誰かの言葉や経験が全てではなく、自分でも考えようということではないでしょうか。普段の生活のちょっとした場面でも剣道においても「あなたはどう考える?」「あなたの選択は?」と聞かれます。そして、私の選択を尊重してくれます。「こうあるべき」と言われたことは、一度もないかもしれません

日本にいると、あらゆる場面で大なり小なり同調圧力を感じます。「普通はこう」「こうあるべき」といった押付けを、私自身も誰かにしてきたかもしれません。

選択を尊重してくれるのは、オランダの教育も大きく影響しているように感じます。剣道の友人の何人かは「モンテッソーリ教育」を受けていて、子供の頃から時間割も自分で作っていたそうです。
自分が選択したことに対して、誰も口うるさく言ってきません。「個人の選択に口を挟むのは、その人の人生にとって重大なマイナスになる可能性があるときだけ」だそうです。

良い伝統を守り、新しい価値観を作る

「逆に、自分たちには人の目を気にする姿勢や、謙虚さが足りないので、そこは日本人に習うべき」と言われたこともあります。幼少期の、忍耐を教える教育は日本の方が優れている、と言う意見もあります。例えば、みんなが揃って教室を清掃する姿や、美しく整列して正座する姿は心に響く何かがあるようです。私たちにも積み重ねてきた古き良き伝統があります。

何が良くて、何が時代に即さないのか、他の文化から学べることはあるのか。
オランダ人のように、違うことは「間違っている」とダイレクトに言えたらいいですが、それはまだちょっと日本人には難しいかもしれません。でも、もし社会でおかしいことが起こっていたら、それから目をそむけないことはできます。誰か1人がNOと声を上げるのではなく、みんなで少しずつ社会の空気を変えていきませんか。

時間がかかることかもしれませんが、子供を傷つける大人が減り、長く続いた文化活動がこれからも続いてくれることを心から願っています。冒頭で紹介したように、多くの国の日本愛好家が剣道の魅力を認めてくれています。少子化で国内の競技人口は減っても、今後は世界の人たちとも交流する機会が増えるでしょう。そして「伝統だから」と思考停止せず、全ての世代が成長し前に進んでいけたら、素晴らしいことではないでしょうか。

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