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分岐ルートC

「もう少し休んで行く?」 「いいえ。もう十分。」 「そっか。もう行くのか。少し寂しい。」 「何を寝惚けたこと言ってるの。一緒に行くんだよ。」 「え?」 「早く支度して。」 「ええっ、ちょっと急過ぎない?」 「とにかく行くよ。」 「ちょっと待って。」 「大丈夫だよ。大切なことは後でわかるから。」 「そうなの?」 「そういうものだよ。」 「そうかあ…そうか?」 「長いこと待たせてしまったね。」 「待ってた、のかな。」 「待ってたでしょう。ずっと。」 「そうはっきり言われるとそんな

    • 珈琲

      生きることに 真剣になればなるほど ふつふつと湧いてくる野性 牙を剥くことがありませんように 私もあなたも 誰かと同じ存在になってしまいませんように 誰とも違う存在でいられますように 同じものにはなれない 融合など妄言だ 孤独を飽和する水を 湛えている器を 誰にも壊されませんように ほろ苦い珈琲 覗き込めば誰かがいる いつでも会えることを忘れないでいて

      • 蜘蛛の糸

        硬くなった外殻は いつか脱ぐ必要がある 脱皮を繰り返し 強く大きくなってゆく きっともう誰にもわからない 砂を嚙んで 灰色の世界を眺める 現世 飽いたな 限界 ここらで終わろうか 何も呪わずに死ねる幸福 それから新たな呪いが生まれる 行き場を失った蜘蛛 そっと手を差し出す 一切の躊躇いも見せずによじ登る姿 ただ嬉しくて口角が上がる そうだね いつだって 誰かと同じことをしたくはなかったな 今ここで この意思は 容認できない 畏怖せざるを得ないものが いつも新

        • 白い箱

          触れると壊れてしまいそうなので、箱に収めてしまいこんだ。誰にも見せない宝物はいつも美しくて、いつだって触れると壊れてしまいそうだった。尖ったものを刺せば破裂する薄い膜のように、精巧で繊細なガラス細工のよう、あるいは蛹のように。そんなふうに壊れてしまいそうだった。私はいつも壊すので、だから大切にしたくて、しまい込んだ。一つくらい綺麗な思い出があっても許される気がした。 もう綺麗な思い出でいっぱいになってしまった。壊したくないものを壊してしまうなんて、本当に悲しいことだ。 た

        分岐ルートC

          六月某日

          上澄みを舐め/満足できず、強請る/都合のよい美化/揮発性の高い評価/夢を見るような人たちは/確かに儚くて愛おしくて/触れ方がわからない/まだ少し/絶望を抱えていくしかなくて/誰の隣にもいたくなくて/ああもう疲れてしまったな/見知らぬ人を/笑ったり、叱責したり/忙しそうだな/真似てみた/けど、つまんなかったな 誰か/さっさと此処に来いよ/誰かって誰だよ/独り、進めよ/火花のような人生/本当はもう終わっていたのかもしれない/散りたいね/もう息苦しさに耐えられない/みんなひどく厳

          六月某日

          実家の犬

          スクロールするほど犬が若返ります。 いつの間にか実家にいた犬。よろしくない環境にいたところを連れてこられたらしい犬。誰にでも懐こい犬。通行人が米粒ほど小さく見えるようになってもずっと見ている犬。他の犬が嫌がっても近づいていこうとする犬。散歩に連れ出すと綱を張らせて引っ張っていこうとする犬。寂しがりで甘えん坊の犬。私の顔を見るとテンションが上がってしまう犬。よく脱走して近所の人に愛でられてた犬。あまり愛してあげられなかった。気付くのが遅かった。だけどいつも嬉しそうだったな。無

          実家の犬

          進む勇気

          氷上に立っている 昔は何の躊躇もなく 無心で滑っていた そのことを思い出すと 少し悔しくて情けない気持ちになる 私のそれよりもずっと薄い刃で氷上に立ち 両手を繋いで滑り方を教えてくれた 手を繋がなくても滑れるようになった 鬼ごっこのように追いかけ合ったり 本気で競争して何周も離されたり そのうち一人で滑るようになった 転んで泣くと心配そうな顔で だけど笑い飛ばしてくれて 転んでも大丈夫なんだと 自分で立ち上がってまた滑り出すようになった 上手に滑ることができたり 楽

          進む勇気

          ツイッター

          心を蝕むような言葉を並べないように気をつけている。できていないこともあるかもしれないけれど、最大限配慮している。別段書きたいことなんてほとんどなくて、だからちょっとごめんねって感じ。自分も蝕まれそうになることがあって、だからあまり見ていない。できない配慮を求めるのではなく、自分で回避する。だって、書きたいことを思うように書けないのって、マジでめんどくさいじゃん。

          ツイッター

          太陽

          十五年経ってもまだ変わらないものは 三十年経っても変わらない 変わらないものにしてゆくことを その日々を幸福と呼ぶんだよ ためらいがちな指先が 触れて確かめられることを真実で 曇りのない眼でそれを見つめる時に 確かな強さが生まれてゆく いつだって新しいドアは一つしかない 赤子のように抱かれて眠るといい あなたが育んだ私の中に ずっとあなたがいる ここは日常で これが現実だ 精一杯その命を伝えてくれ

          太陽

          静かな同棲

          はあ…今日もよく頑張ったなあ…すごく疲れたな…と思いながらベッドに倒れ込む。と、天井から顔面へとムカデが落ちてきた。 こんにちは。こんにちは。なんなんですか。何がですか。どうして私の顔に落ちてきたんですか。顔を狙ったわけじゃないです。そうなんですか。そうです。いや、そうじゃなくてさ。なんですか。どういうつもりですか。怒ったりバカにしたりしないでくれますか。しません。おもしろくなるかもって思ったんです。えっ、どういうことですか。暗い顔してるなと思って。私がってことですか。ええ

          静かな同棲

          歌詞のない曲

          踏み込めば同じだった 巣を紡いでいた 夜毎繰り返される言葉の 想像する前に流れ着いた この曲壊れてしまえば 楽でいいのに 偽ること 凍りついた想いは 時のリズム狂わせる 命取り はっきり見えていること 呆れた表情の隙間に咲いた 分かち合える想いを 味わわせてあげる Where look eye. Where that's eye. 冷めた夢見ても 咲いた夢を願う 恍惚の中へ封じ込める 小さな手は 浮かぶ雲揺らす 赤く赤く二人が放つ 温もり言葉を消してゆく 融かされてもっと

          歌詞のない曲

          生への執着を削ぎ 孤独の海に沈む 上ってゆく泡 輝くような走馬灯 そこに有っても笑む おっかないわねと囁く声 また笑む 祈るような日々 切実な願い 引き揚げる為 此処に有る いつも通り 置いていく 代わりに 忘れそうなものを掴む おまえたちはいつだって美しくて 泣いてしまいそうになるよ

          傍観する者は傍観されている

          毎晩死亡 毎朝蘇生 人間以外を食らって 働きに出る 真剣に取り組んでいるその時 遠くから眺められていることにも気が付かず ただひたむきに汗水を垂らす 地面に落ちたそれが 何かを育むことをあなたは知らない どうかその純粋さを守り抜いてくれ あなたもここから見ると とても美しい獣なのだ 地でそれが結晶化することを 私たちが知る必要などない 夕暮れの帰路 夜が来るよ また死ぬ、生き返る

          傍観する者は傍観されている

          酔わせるために戻ってきたわけじゃない

          酔わせるために戻ってきたわけじゃない

          真新しい傷口を縫い閉じ コップ一杯の水を飲む 痛みの中 咲む、それは狂気か 貴女は俺を馬鹿にしたように笑うが 生きる歓びとは何なのか 教えてくれよ 貴女は何をどう感じて生きてきたのか 同じ物を食えば解るのか 愚かだと判っているさ 違う生き方など出来ないことくらい 違う生き物にはなれないことくらい 判っているさ

          707号室

          そういうことがありました。その時に気がついてしまったんです。僕は好奇に曝されると、飛びついて噛み殺してしまいたい衝動に襲われる。だから、僕は眼を潰しました。怖かったです。誰かを傷つけてしまうかもしれない自分が恐ろしくてならなかった。あの人たちが僕を傷つけることなんかよりも、ずっとずっと。 泣いているのですか。どうしてあなたが泣くのですか。あなたは僕をああいう眼で見たことや、僕にああいうことをしたことはないじゃないですか。僕の右側の棚にティッシュペーパーがあるので涙を拭いてく

          707号室