バスガス爆発をやる
・序章
爆発が好きだ。
凝縮されたエネルギーが轟音と共に解き放たれ、爆炎と煙のグラデーションがその光景を彩る…………エンターテイメントの極致だ。
私の好きな映画ジャンルは"たくさん爆発する映画"で、苦手な作品は"爆発しない映画"だ。
そして爆発は、映画以外のポップカルチャーにもよく用いられている。
私は趣味で4コマ漫画を描いているのだが、そのオチに"爆発"を使用することも多い。
見た目も派手で分かりやすく、"爆発オチ"は最高のオチのひとつだと考えている。
最高すぎて全コマ爆発だけの4コマ漫画を描いたことすらある。
しかし、私はふと思った。
私はこれだけ爆発を愛していながらも、実際に何かを"爆発"させたことがない。
……そんなことで良いのだろうか? 一流の漫画家はリアリティを大事にするという。リアリティが作品にシリアスさを与え、より迫力のある表現を産み、読者の心を動かすのだ。
私も漫画描きの端くれとして、自分の作品のクオリティアップには全力を尽くしたい。
そして何より、爆発オチだけは誰にも負けたくない。
なので、やろう。
爆発を。
そして爆発の中でも最もキャッチーなのが……
早口言葉で有名な爆発…………"バスガス爆発"だ。
せっかくやるなら、王道の爆発をやろう。
バスガス爆発を、やろう。
・挫折
さて、バスガス爆発をやろうと決めたは良いが、手始めに何から始めればよいのだろうか。バスを買えば良いのだろうか。
ところで、バスっていくらで買えるのだろう?
インターネットで検索してみたところ、町で見かける通常のバスは1台約2,000万円らしい。
2,000万円! 私の財布にはその1万分の1だって入っていない。
とりあえず一旦バスは保留するとして、お次は"爆発"の方だ。
どうやら日本という国で"爆発"と言えるほどの火薬・爆発を取り扱うには、"火薬類取扱保安責任者"という資格が必要らしい。他にも火薬類製造保安責任者や、発破技師などの資格も存在する。そしてそのどれもが国家資格であり、十分な勉強をして資格試験に合格する必要があるとか。
火薬類に関する法令や取扱に関する知識が必要で、50時間以上の勉強が試験合格の目安らしい。
私はただの爆発ファンで、肝心の頭も賢いとは言えない。試験勉強なんてのはもっぱら苦手だ。不可能といってもよい。
さらに、ガス爆発は爆発の中でも非常に危険な分類のもので、大事故に繋がる危険性も高いようだ。素人がおいそれと手を出せるできるものではなく、爆発物取締法などに抵触する。
2000万円もの資金と、50時間以上の資格勉強……その道のりは果てしなく険しい。しかしそれらを無視してバスを勝手に爆破したりしたら…………余裕で刑務所行きだろう。執行猶予だってつくわけもない。
つまり、リアルにバスガス爆発を行うのは…………不可能だ。
何も始まらずに爆発の夢は終わってしまうのか……そう思われた。
・ミニチュアで再現しよう
しかし、私は思いついた。
「現物でのバスガス爆発が不可能なら、ミニチュアで再現しよう」と。
私はコレクターというほどでは無いが、いくつかのミニチュアのフィギュアを所持していた。上記の写真は都営バスのミニカーで、見た目もなかなか精巧である。
そして、"バス"だけではない。"爆発"の方も用意しなければならない。
ということで、私達の身近にあるものの中で最も"爆発"に近いであろう物質、"花火"を購入した。
これらを使って、バスガス爆発を再現できないだろうか?
花火を使用しているのでもはや"ガス爆発"ではないが、"再現"ということでそこには目を瞑ろう。
さっそく、近所の河原にやってきた。
消火用の砂と、水のバケツを用意し、夜になるのを待ってバスと花火をセットする。
暗闇の中、バスをセットし……花火にいざ点火!
花火をバスの背後に近づけていく……。
"爆発っぽく"なるのか?
う~ん……。
なんか違う。
この写真には、爆発にあるべきエネルギーの拡散というか、カタルシスの美しさが全く存在しない。一言でいうと、ショボイ。
爆発とはもっと…………煌めくような…………荒れ狂う大蛇のような一瞬の情熱があるべきだ。母なる太陽の周囲に取り巻くプロミネンスのように、紅く神々しい勢いが必要だ。この写真ではただバスの背後で火花がパチパチとしているだけである。こんなものはカスだ。バスカス爆発だ。
・通りすがりのおじさん
この時点で時刻は20:00。先ほどのの写真を撮るために私が河原でバスのミニチュア相手に試行錯誤していると、突然後ろから「あの……」と声をかけられた。
振り返ると、見知らぬおじさんが。この河原は散歩やウォーキングにも使用されるスポット。恐らく、通りすがりのおじさんだろう。
興味本位か、治安維持のためのパトロール的な活動なのかはわからないが、おじさんは少し訝し気にそう聞いてきた。
そのとき私は、思わぬおじさんの登場に焦っていた。そして次に私が考えていたことは、「穏便に済ませねば」ということである。
私としても、ここで「バスガス爆発をやろうと思ってて……」と答えたらヤバイことくらいはわかっている。説明の仕方によっては警察すら呼ばれかねないだろう。私は少し考えたのち
と答えた。ギリギリ嘘はついていない。「バクハツが……」と答えるよりは社会性のある返答だろう。
するとおじさんは、
と聞いてきた。完全に訝しんでいる。
私としては、そう答えるしかない。
確かに、五月上旬の河原に一人で花火をする人間はまあまあデンジャラスだろう。見方によっては、バスのミニカーと一緒に花火をしている尖った人間にも見えるかもしれない。完全にアンタッチャブルな光景だ。
しかしこれ以上私が「爆発オチがぁ! 4コマ漫画でぇ! バスガス爆発ゥ!」と説明しても、そっちの方が通報されかねない。別に犯罪をしているはわけではないが、極力面倒は避けたい。
そんなわけで私が「はい……」と答えた後にただ黙ってじっとしていると、
おじさんは
とだけ言った。完全に憐みの視線であった。
そして、「色々気を付けてね……」という言葉を残し、去っていった。
・フラッシュコットン
私はおじさんが去った後もしばらくトライしていたが、それ以上の成果は得られず、その日は帰った。
さて……先ほども述べたが、この"バスガス爆発"には何が足りないのだろうか。
そして私は、ひとつの答えを出した。
爆炎だ。
爆発には、轟轟と燃え上がる熱い炎が必要なのだ。
先ほどのショボイ火花は、"爆発"と呼ぶには派手さが足りなかったのだ。
私は爆炎をプラスする方法を考えた。そして、ひとつのアイテムにたどり着いた……。
それが……フラッシュコットンだ。
フラッシュコットンとは、専用の薬品が染み込ませてあり、点火すると激しく燃え上がる綿(コットン)だ。手品師がマジックショーの際などに用いるアイテムである。
マジシャンが一瞬で燃え上がった炎の中から花などを取り出すショーを見た事はないだろうか?
そしてこのアイテムは、通販などでも購入することができる。私はこれが爆炎を表現するのに役立つのではないかと思い、注文した。
そして届いたのがこちら。手違い等で燃焼しないように、湿らせて密閉された状態で配達された。
ちなみにこのフラッシュコットン、10gで1300円。私が普段スーパーで購入している豚肉"100g当たり116円"と比較すると、重さ当たり100倍以上の値段だ。超高価格コットンである。
これを袋から開封し、自然乾燥させてさっそく炎の加減を試してみた。
(↓gif画像)
わずかひとつまみの綿に火をつけただけで、もの凄い炎が上がった! 思ったより高い熱を肌に感じて驚く。魔法でいえば"ファイラ"くらいの威力は確実にあっただろう。
これは本物だ。そして、それだけに期待が高まる。このフラッシュコットンはバスガス爆発に利用できそうだ!
・再挑戦!
そして、私は再度河原にやってきた。
先日と同じようにバスを設置し、手作りのバス停も設置する。
そして、フラッシュコットンを敷いた……。
そして花火も用意し、いざ着火…………!
………………バスガス爆発、なるのか!?
!!!
爆炎が上がる!
爆発だ!!!
バスガス爆発だ!!!
ボウッ! という音と共に大きな炎が燃え上がり、火炎がバスを取り巻いて火花を散らした! 一瞬だけ辺りが明るく照らされ、炎の熱を肌で感じる!
それはまさに爆発の持つエネルギーの拡散、炎と破壊のカタルシス、エンターテイメントだ!!!
もう一度!
次はバスの内部にもコットンを詰めてみた!
Let's explosion!!!
最高! 炎が閃光のようにほとばしり、バス内部から噴出! 爆炎の高熱! 飛び散る火花が夜空に流れるほうき星のようにバスを飾り、絵画のように美しい爆発を描き出している!
芸術家、岡本太郎は「人間の持つエネルギーの爆発こそが芸術」という意味で『芸術は爆発だ』と言ったらしい。
しかし、私にならば『爆発が芸術だ』と言えるだろう。燃え上がる炎と飛び散る火花、そして音と光。これこそ最高のアートである。
・色々なバスガス爆発!
そして、爆発……いや、"バスガス爆発"はまだ始まったばかりだ。どんどんいこう。
こちらは"幼稚園バス"。キッズが乗るための幼稚園バスという揺り籠も…………。
着火!
爆発! 黄色い車体が爆発によく映えている。実は幼稚園バスは爆発向きのバスなのかもしれないと思った。
次はこちらだ。
観光業で人気のはとバス。
こちらにもフラッシュコットンをセットし……。
着火!
爆発!
大炎上! 平和の象徴たるハトが、爆炎の中で輝いている。爆発と平和の共存。並外れたアーティスティックさだ。私は思わず、歓喜に震えた。
フィナーレは三台のバスをまとめて……。
着火!
爆発!!!
バスガス大爆発!
入道雲のように燃え上がる炎はまさにエネルギーの昇華。酸素と可燃物による酸化反応によってもたらされる熱と光。見る者を無条件で興奮させるエンターテイメントの究極だ。
私の求めていた爆発が、そこにはあった。
バスガス爆発の再現、成功だ。
・終わりに
さて、今回は私の愛する"爆発"を実践してみたが、これを読んだあなたが影響されて真似をしてみようと考えるのはオススメしない。
花火とはいえ"火・炎"という危険な現象を扱うには、それ相応の準備が必要である。本記事での実践中には特に危険な事態にはならなかったが、見様見真似でやるようなことではない。花火などは分解するだけでも火薬類取扱法に違反する他、大規模な火災事故などにも繋がりかねない。(本記事では花火を分解するようなことは一切しておらず、全て正しく安全な方法で使用している。)そこを留意していただきたい。
それでは最後に、バスガス爆発オチの4コマを、ミニチュア再現バージョンでお届けしてお別れにしよう。
終
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