《感想》未解決事件は終わらせないといけないから

日々の生活にはゲームが必要である。それは我々に挑戦や驚きや興奮を与えてくれるからだ。そして……Steamにはギフト機能というものがある。現代を生きる読者諸氏は既にご存知のことと思うが、それは友人にゲームをプレゼントすることのできる非常に徳の高い機能だ。生活必需品のゲームをプレゼントするという行為はナイチンゲールにも肩を並べる慈善的行いと言ってよく、人間は命を失って審判を受けるその日に、今までSteamギフトをした数で天界や冥界などの行先が決まるともっぱらの噂だ。そしてその日、とある友人からSteamでギフトされたそれは、奇妙なタイトルのゲームであった。

先に言っておこう。私は普段、こういったゲームを遊ばない。ここで言う「こういった」とは、「テキストを読み進めていくゲーム」という意味ではなく、上記の画像を見てそのまま感じる「変なタイトルに彩度の低い絵」のゲームということだ。最初に見た時、私は言葉を選ばずに書けば「エキサイティングしなさそう」だと私は思った。きっとこのゲームではパンチとかキックとかドライブインパクトとかできなそうだし、キュートなキャラクターが登場してセクシーなダンスとかもしなさそうだからだ。

しかしそれでも私がこのゲームを始めたのは、ギフトしてきた友人が「何も調べずに、黙って遊べ……」というシリアスな態度だったのが理由である。そして、遊び、さっきそれをクリアしたところだ(トロフィー全取得)。

今からその感想を書いていく。インターネットはサバイバルなので、いつまでも「ネタバレ注意!」なんて書いてもらえると思うな。

この先ネタバレ注意!

今日がその最後の日だ。そういう苦情は一切受け付けない。私がこれから書く内容がとんちんかんだったときに、「こいつは何もわかってないアホ! 読む価値無し!」と思うのは……まあそれを言うのは自由だ。私がアホではないという保証はどこにもない。


未解決事件は終わらせないといけないから 感想

まずは感想を目次代わりに箇条書きにしていく。私はこのゲームを終えてすぐにここにやってきて文章を書き始めたので、いわゆる「ネットの反応」やら「未確認事件は終わらせない 考察」がどうのこうのみたいなウェブサイトには一切アクセスしていない。なので間違ったことや勘違いしていることを大量に書いているかもしれないが、そんなことは上等で、今更ビビったりはしないという宣誓を先にしておこう。そしてこのゲームを遊んで感じた・考えたことを全部書く。全部だ。良い点も悪い点も、本ゲームをプレイしていて連想したほとんど関係ない思案についても全部だ。ごまかさずに全部。それはつまり、本気ということだ。だから読む方も本気でついてこい。理佐子のように。

・まずクラゲのくだりが意味不明で落ち込む
・ゲームシステムが面白い
・ヤヌスだの審判者だのジグソーパズルチャンピオンだのいい加減にしろ
・犀華(せいか)って最初読めなくてキレて調べたらその直後に読み仮名が出てまたキレた。
・記憶のかけらがピシっとはまると快感
・にしても記憶と時間軸がバラバラすぎてたまげる
・誰が言ったかくらい覚えとけよ耄碌ババア! と叫びそうになる
・しかも嘘をついてる奴も出てきてもうめちゃくちゃ
・クリアの秘訣は総当たり
・ゲームというより小説を読む感覚に近い
・「もしや……」が「やっぱり!」に変わるととても気持ちが良い
・キャラクターに愛着とかそういうゲームではない
・理解できない奴ら
・何故エンディングが二種類あるのか?
・疑い「もしかしてローカライズの問題か?」
・きっと作者はイイ奴なんだろうな


・まずクラゲのプロローグが出てきて不思議に思った

プロローグによくある意味深な文章

ゲームを起動すると、まず「私はクラゲ……」的な文章が表示される。そしてふと……「なんでこういったプロローグってだいたいが鬱々としてるんだ?」と不思議に思った。最初からこのゲームの感想でなくて申し訳ないが……。

そうだ。ゲームに限らず、全体的にプロローグというのはネガティブすぎる。いつも後ろ向きで、そのくせシェイクスピアを引用したりしてカッコつけている。「今思えば、あの選択は必然だったのかもしれない……」だの「これから語られる悲劇は見ようによっては……」だのと低いトーンで書かれていることが多い。当然、本作でもこのクラゲのシーンでは悲しい雰囲気たっぷりにお話が進んでいく。何故だ? 何故いきなり悲しい話をするんだ? もっと……もっと最高だった夜の話とかじゃダメなのか?

あの夜は……最高だった!
その祝勝パーティーに居た人間は皆、チーズを見つけたネズミのようにハイテンションで、誰もが喜び口角がつり上がっていた。
ボンズが持ってきたラジカセから超絶クールなレゲエが鳴り響き、ジェフの持ってきた酒を皆で浴びる様に飲んだ。ケイシーとタラクはどちらもが気を効かせたつもりでピザを注文し、当然いつもの倍の量が配達されてしまったことには大いに笑った。
旨い酒、大量のピザ、BPM130の音楽に気心の知れた友人。
そして、掴み取った勝利。
最高を超えて栄光の夜でもあったあの日のことを、私は今でも鮮明に思い出すことができる。
それでは始めよう。
事の発端は、祖父のガレージから始まる…………。

今でっちあげた架空のプロローグ

こんな感じのプロローグは今までにお目にかかったことがない。基本的に喜劇が好きな私は、本ゲームのようなクラゲが出現するプロローグを見ると「ふぅ……覚悟が必要なようだな……………」と思い、今から現れるであろう悲劇に身を構える。
そして、そんなことをいちいち気にしてる自分のこらえ性の無さに落ち込むのだ。

・ゲームシステムが面白い

こういったゲームは……ジャンルはなんて言うんだ? 時系列がバラバラになった記憶のかけらを整理整頓し、歴史を復元していくというゲームシステム。私はこんなゲームを遊んだのは初めてだったが、物事のつじつまを合わせたり、話し言葉から当たりをつけて、「誰が、いつ、言ったのか」という内容を推理しパズルを当てはめていく作業は楽しかった。

ただ、難易度は高い。鍵を開けるパートや証拠となる文章を提示するパートはヒントが少ないことも多く、私はなかなか苦戦した。全て通してだいたい3時間ほどでオール・クリアまで達成できたが、それは「だいたいのネタとギミックはわかった」ということまでで、実際に何がどの時系列で発生し、それぞれの登場人物がどういった意図で行動をしていたかということを把握しようとするのにその倍くらいの時間を要した。

・ヤヌスだの審判者だのジグソーパズルチャンピオンだのいい加減にしろ

冒頭のクラゲの後に登場する、画面の左側に立つ女警官……コイツの正体がわからない。そもそもこの会話はいつどこで行われているのか? 何が目的の会話なのか? 精神世界のお話だったりするのか? 審判者とかいきなり言われても普通に意味わかんないし………そしてヤヌスって何? ここら辺で私の脳みそはパニックになり、「まあ……いいからとりあえず事件の解明をすすめるか……」となった。恐らく、ここまではゲーム製作者としても予定通りの進行だろうとは思う。

これは個人的な疑問なのだが、世間一般の人間はこういった「疑問の先送り、一時的な保存」に抵抗がないのだろうか? 私は……何かとても強い抵抗を覚える。わからないことをそのままにしたまま前に進んだとき、その「わからないこと」がひとつやふたつならまだ良いのだが、みっつ、よっつと増えてくると猛烈に不安になってきて、今自分が立っている地平がとても頼りないもののように思えるのだ。苦痛……とまでは言わないが、脳に強い負荷がかかっている気がする。

というより、その脳の負荷を和らげるために「忘れて」しまうのだ。そのため、後で伏線回収のフェーズになったときに「あれ? そんなのあったっけ?」とポカンとしてしまったり、そもそも伏線回収に気付けず「なんかよくわからん要素だったなぁ」と思って終わることが多い。これって、皆どうしてんの?

・犀華(せいか)って最初読めなくてキレて調べたらその直後に読み仮名が出てまたキレた。

これは……まあそのままだ。最初に特に読み仮名も降らずに「犀華」と語られ、私はこういったときに脳で音読できないのが嫌なのですぐにグーグルで「かばね(部首)に、牛みたいな漢字」と調べて、さい・せいの読み方を発見し、『よっしゃあ! じゃあ「さいかちゃん」だな!』 と思って読み進めて言ったらすぐに「犀華(せいか)」と表示されてキレた。

私にこらえ性が無いのは……まあその通りだ。小説を読んでいるときに、ひっかかる文章が現れる度にけっこう手が止まる人類なのだ。

・記憶のかけらがピシっとはまると快感

おそらくこのゲームの一番のトロとも言える部分は……大いに楽しめたと言ってよいだろう。ゲームにおいて我々が行う「記憶の整理整頓」は、その会話の前後や、登場人物同士の呼称の違いによって推理することができる。「この会話は、恐らくコイツとの会話だろうな…」と思っていた記憶が、ひとつの事実が明かされることによって解釈が180度変わり、そして真相に近づていく……そういう体験は非常に新鮮でとても面白かった。

最も私が興奮したのは、やはり物語の大ネタである……「犀華ちゃんは二人居た」ということに気付いたときであろう。最初はもちろん理佐子と哲郎が婚姻関係にあると思っており、いわゆる不倫関係に居る人間が登場するのだと思っていたが、事実はそれと異なっており……その計算されていたであろう「裏切り」は心地よいものであった。100万回言われたであろう感想「まるで推理小説を読んだかのような」というのは、誠にその通りだ。


・にしても記憶と時間軸がバラバラすぎてたまげる

にしても、元警察官であり物語の視点である清崎蒼の記憶はボロボロすぎる。記憶のかけらは関連ワードから連鎖的に思い出していくので、プレイヤーである我々は過去に発生した事象を時系列順に追うことができない。小説に例えるなら、中巻を読んだあとに上巻を読むようなものだ。

最初は「ふむふむなるほど面白い。記憶の整理、やってみますか」と思っていたのだが、登場人物が6人を超えたあたりで「…は? これ組み合わせの数無限にあるんじゃないか?」と不安になった。永遠にこの記憶の輪廻から脱出できないのではという恐怖……。

・誰が言ったかくらい覚えとけよ耄碌ババア! と叫びそうになる

そして、キレる。先述した通り、このゲームは難しい。少なくとも、酒を飲んだ状態でプレーするならこのゲームではなくギャングビーストとかにしておくことをオススメする。何しろ、清崎警部の記憶がもう本当にぼろぼろなのだ。「いつ言ったか」までは覚えてないにしても、「その言葉を言ったのが男性か女性か」すらまともに覚えていないのだ。それをひとつひとつ審査し、ロックを解除するために色々な所をクリックして……アクション要素は無いがなかなかの難易度だ。

ゲームが難しいというのは魅力だと私は考えているが、だからといってキレないというわけではない。私はこのゲームで何度も「おめえショタとババアの言葉くらい区別しておけよ!!!」と叫びそうになった。

・しかも嘘をついてる奴も出てきてもうめちゃくちゃ

しかし、悪いのは警部だけではないのだ。登場人物たちが、各々それぞれの理由で嘘をついているためそれが推理を混乱させるのだ。

文房具屋の人間など、警察の聴き取り調査に対して「それほど重要じゃないと思った」とかいう気軽な理由で嘘をついている。今思ったのだが、この清崎警部って若干ナメられてないか? 


・クリアの秘訣は総当たり

ゲームのクリアには、記憶の整理だけではなく「今までに確認した記憶の中から何らかを推理してその根拠となる文章を探す」というフェイズがある。別にその推理に失敗しても何のペナルティもないので、言ってしまえば総当たりでクリックできる箇所を全て叩いていけばクリアできるのだが…………推理ゲームである以上、やはりその手段はとりたくない。きちんと自分で推理して、一発で回答を決めてみせたい。

…………みたいな殊勝な気持ちは私には一切ない。いや、5分で消えたと言った方が正確だろう。もう…………めちゃくちゃ総当たりした。画面のあらゆるところをクリックした。「祖母の証言を疑う理由を3つ探せ」みたいな課題など、それこそ総当たりでは見つけることができなかったのではと思うほどにクリック&クリック、こんなにマウスを酷使したのはクッキークリッカー以来というほどだ。それほど私は苦戦してしまった。

しかし、それには後悔していない。私の推理能力がお粗末だったからといって、このゲームを楽しめないというわけではないからだ。むしろ総当たりでも何でもゲームを前に進めることで、次のゲームの面白みを体験することができるというのは真理だ。

・「もしや……」が「やっぱり!」に変わるととても気持ちが良い

このゲームの快感といえばやはりそこだろう。自分の中にある違和感と、それに基づいた推測がぴたりとハマるとそれは嬉しいものだ。特に、私は割と序盤から「理佐子の頭がおかしいのでは?」と予想していたため、それが成立したときは嬉しかった。数学のテストで例えるなら、因数分解をしているときに「もしかしてこの221という数字……13×17じゃないか?」とひらめいてそれを確かめているときのような感覚だ。

上記はまるで優れた例えではないが、そういった楽しさがこのゲームにはあった。

・キャラクターに愛着とかそういうゲームではない

これはまあ残念な要素ではあるが、本ゲームにおいて登場人物に感情移入したり、お気に入りのキャラクターができるということは私には発生したなかった。どうも、どの人物にも正義や一貫したスタンスというものが感じることができなかったのだ。それは、本ゲームを終えた私が疑問に思っている点にも共通しているので、後述する。

・理解できない奴ら

・宮城哲郎

宮城哲郎との最初の記憶

宮城哲郎は、最初、娘が失踪してかなり動揺している。清水警部にも八つ当たりしているニュアンスが感じ取れるセリフである。

宮城哲郎、娘が帰ってきた後のセリフ

しかし、娘が帰ってきた後のセリフは上記のようだ。いきなりおとなしく……というよりは「恭順に」なっている印象を受ける。娘が帰ってきて安心したのはわかるが、「土下座しろと言われてもやったと思う」というのは私には理解できない。娘が帰ってきたことで神に感謝こそすれ、誘拐犯に対して「土下座する」というのはどういう心の動きなのだろうか? 安堵が行き過ぎた結果、感謝の対象が広がるという心理だとしても……(形式上の)誘拐犯である相手にも感謝はするのだろうか?

私はこのセンテンスを読んだときに「ローカライズというか……日本語訳するタイミングで少し意味が曲がってしまった可能性があるな…」と感じた。この違和感は後にもちょっとづつ感じることになる。

・松田理佐子

彼女は……本ゲームにおいて最も芯が通っていると言える。精神は病み、現実の認識が歪んでしまっているが、行動の一貫性はある。私個人としては嫌いになれない登場人物だなぁと感じた。自分の認識と反する事実を含む現象から無意識的に目を逸らすという特性は、近くで見ている分には悲劇だが、本人にとっては能力だなぁと感じる。

まあしかし、事件の真相から言ってしまえば彼女は加害者だ。娘を失うという悲劇で認識を歪めてしまったということも……私としては肯定することはできないと感じた。様々な意見があるだろうが(実際に、原島公正は違う選択をした)、私としては、彼女には現実をありのまま受け入れて正しい認識に治療する方向で進むのが良いと思った。

・原島公正と松田母

彼は……松田理佐子の治療を諦めて、「未解決事件を未解決事件のままであるように」清崎蒼に頼んだ人物である。事件の真相としては彼が妻をかばって自主することでミスリードが発生したという経緯である。それには松田理佐子の母も強く関与している。そしてこういった話の場合、私は「自分ならどうするか」という視点で考えしまうことが多い。

娘を早くに亡くしたことでおかしくなってしまった妻が、小学校からの招集通知という「娘の幻想」を見つけたことによって前向きな変化の兆しを見せた……。こういった「リアルじゃないけれど、人物の(一時的な)助けになっている」という現象を、私は肯定すべきかどうか、それを考えたのだ。類似ケースとして、陳腐な表現だが「優しい嘘」なんていうのも考えられる。

ゲーム本編とは一度離れて、例として以下のようなケースを考えてみよう。

あたなは大学野球の選手で、趣味というよりはプロ入りも目標に入れた本格的な活動していた。
そしてあなたには祖父がいる。温厚で孫想いな人物で、あなたも彼の事が好きだ。そして祖父も昔やっていたことから野球が大好きで、あなたの活動を大層応援してくれていた。自分の孫はプロ野球選手になる、といつも言っている。
しかしその祖父は大病を患って入院しており、率直に言ってこの先長くない。
そして今日、病院から「容態急変の」連絡が来て、あなたは大急ぎで病院へと駆け付けた。
大仰な医療機器の取り付けられたベッドに横になっている祖父は見るからに衰弱しており、医者も暗に「今夜がヤマ」という風に言っている。
あなたは祖父といくつかの言葉を交わす。頑張って。大丈夫だよ。
そして祖父は……あなたに問うた。「野球はまだ頑張っているか?」
しかしあなたは、即答することができない。何故なら、あなたはちょうど昨日、野球を引退すると決めたからだ。長年のライフワークであったが、この先……芽が出ないことが実感として分かり、自分の中でも諦めがついてしまったからだ。
それではここで、「諦めてしまったよ」と言うべきだろうか。そしたら祖父は……落ち込むだろう。
ここは偽りだとしても、「まだ頑張ってるよ」と言うべきだろうか?
悲しいことに、その嘘がバレることはないだろう。

上記のケースなら、私は嘘をつくことを肯定できるだろう。言わば「逃げ切り」だからだ。私はこういったケースで「その嘘がバレることでどういった影響が出るか」という……いわばリスクを大きく評価してしまう。これは……まあまあ共感が得られる考えなのではないかと思っている。

では、理佐子の場合はどうだろうか? 私は……彼女が回復する可能性があると思っているからこそ、娘は亡くなっているという事実をはっきりと認識させ、治療に専念すべきだと思った。そしてもう一点、こういった精神的に異常を抱えた人物が今回のような子ども誘拐という罪を犯した場合、情状酌量というか……そこまで罪状は重くならないのでは? と思った。宮城哲郎もあの態度であり、そこまで加害者を非難するニュアンスは感じられないため、松田母がそこまで「娘を犯罪者にしたくない」という方向で考えたのは早計ではなかったのではと思ったのだ。

まあ……上記はやや日本的な考えだったかもしれない。諸外国では子供を一人きりにするだけでも罪が課されるという場所もあるし、子供の保護の重要性という視点で私と舞台設定で認識の相違があるのは否めない。また、娘が亡くなった孫と同じ名前の子どもを誘拐してきたと知ったとき、松田母はたいそうパニックになっただろう。混乱状態で冷静に判断することができなかったのは責められる謂れはないし…私が重箱の隅をつついているのだろうと思った。

・宮城翔太

この男の子は……何故カードを盗んだんだ? その一点に尽きる。
亡くなった母思いであり、育児ヘルパーである槙野恵にも感謝しており、妹の面倒を見るよくできた兄ということもストーリーから伝わってきた。しかし、何故文房具屋でカードを盗んだ? 育児ヘルパーをママと呼ぶことよりも、自分の息子がケチな盗みに手を染めることの方が天国の母が悲しむとは考えなかったのか?

彼のキャラ造形は……私の中でどうにも折り合いが付けられなかった。彼の他者を思いやる気持ち&知性的な発言と、カードを盗むという行為の整合性が取れない……。というよりは、お話の都合上カードを盗んだという風にしか読み取ることができなかった。

・何故エンディングが二種類あるのか?

ここら辺から、私は話をあまり理解できていない。それでも考えることにした。
エンディングの内容ひとつめは、冒頭に登場した女性警察官が「宮城犀華」であり、老いた清崎蒼を奮起させ、共に理佐子を救おうと語るエンディング。

この内容に関して……「なぜ、清崎蒼が過去を辛く思っている&自身を責めている」のかが私にはわからない。なんで……? 宮城犀華はきちんと親元に帰っているし、特に傷ついた様子もない。特にこれといって大きな被害の発生していない一連の出来事をとおして、清崎蒼が苦しむ理由は何なのだ?

取返しのつかない罪って何? あなたが責任を感じる事ってなくない?

そして宮城犀華は、清崎蒼を連れて「松田理佐子を救おう」と言う。これについても……「いやお前らに何が出来んの?」と私は思ってしまった。確かに何かの助けになればそれは善行だと思うが、12年前から治療を受け続けている人物に対し、このタイミングで宮城犀華がアクションを起こした理由と、それが上手くいく算段がよくわからない。

我ながら……とてもとても"無粋な"ことを言っているという自覚がある……というか、何か自分は決定的に見落としている点があって……それゆえストーリーのうまい"オチ"を見つけられず……アホみたいな疑問を口に出しているだけという気がする。12年前に4歳だった宮城犀華は12年経った今は16歳なはずで、その年で「未解決事件捜査官」とかになることってあんの? とかそういう疑問も出てきてしまうし……、このストーリーに納得がいっていない自分が……ちょっと嫌になってしまった。感動が共有できなかった悲しさがあった。


エンディング2つ目は、画面左の婦警は清崎蒼で、画面右の老婆は精神が分裂した松田理佐子だったというお話だ。こちらはまだ比較的理解できる。

清崎蒼の嘘って何?

しかし、清崎蒼があの事件においてついた「嘘」が何かわからない。清崎蒼が松田理佐子に対して何か責任を感じている風な口ぶりなのだが、その理由が私には不明なのだった。

松田理佐子精神が分裂してしまったのはまあいい。それを治療しようとしているという話の大筋も理解できる。だが原島公正が何らかのデモに出席しているというセンテンスは意味不明だ。警察を辞めて弁護士事務所に入ったというくだりも理屈はよくわからない(じゃあなんで警察の恰好してんの?)。

とても……とても私は心が苦しい。私の友人は、私に対して「面白いから、オススメできるから」という理由で本作品を勧めたはずだ。しかし、ゲームプレイの部分は楽しめたのだが、ストーリーという点において私は「理解できてすらいない」のだった。そして私は些事にこだわって、粗探しをするようにゲームの感想を書いている……そんな感じがする。

このゲームの感想を「ごめん私にはよくわからなかった」という言葉だけで済ませるのは何か不誠実な気がしてここまで書いてきてしまったが、それが読み手を不愉快にさせてしまうのではという不安が……ここにある。……………………いや、そこは信頼するべきだろう。不安は信用で取り除くべきだ。読み手を信頼し、私はこれを公開する。

・疑い「もしかしてローカライズの問題か?」

各自図生という見慣れない言葉

エンディングの二つ目の……最後に表示された「作者より」を見て「これはもしかして……翻訳が上手くいっていないのか?」と疑問を覚えた。
「各自図生」、漢字は簡単だが日本語としてはなかなか見かけることのない字面である。

調べたところ、「カクッチャドセン」と発音するらしい。意味は字を見たそのまま「各自で生きることを図ること」→「各自で生き残ること」⇒「利己を優先すること」だと私は解釈した。

そして、この見慣れぬ言葉が冒頭で表示される文章を……作者(もしくはローカライズ担当者)は意図していたのか? という点が私には疑問だ。一単語だけだしギリギリ意味を推測することはできなくもないのでこちらの思い違いかもしれないが……私は「翻訳が上手くいっていない」可能性が高いなと踏んだ。

これだけ丁寧なストーリーを作るゲーム製作者が……最後の最後、「製作者より」という重要なメッセージにおいて突然、韓国の四字熟語を使用するだろうか? そして……私が今までに感じていた違和感や疑問点が、ローカライズの問題であり、"作者の意図とは違った受け取り方"をしている可能性があると思った。それはまあ、私にとっていくらかの救いだ。

・きっと作者はイイ奴なのだろう

「各自図生」が答えだと 誰もが言う
弱肉強食が当然だと言い張り 怒りと嫌悪を煽る時代

その中で揺れ動き 時には嘲笑され見下されても
周りを見て連帯できるみなさんを 私は心から応援したい

他人に理由なく優しくしたとき
それまで存在しなかった物が 新たに作り出されて
人生のプロットが変わると信じながら
私はこのゲームを完成させた

孤独に漂う寂しさを嘆く すべてのクラゲたちに
このゲームがささやかな慰めになることを願って

作者より

各自図生は置いておいて……この「作者より」のメッセージからは感じ取れるものがある。利己性を優先しろ、弱肉強食こそが真理と叫ばれる現代でこそ、「連帯」や「他人に理由なく優しくする」ことの尊さを叫ぶメッセージだ。

ゲームというコンテンツを通して、プレイヤーに何らかのメッセージを伝える。それを私はとても面白い行いだと思う。そして小説でも音楽でも映画でも、意図やメッセージを伝えたいのならば、それぞれのメッセージに相応しい内容というものはあるだろう。

本ゲームでは、登場人物がそれぞれお互いをかばい合うというシーンがあった。宮城翔太は槙野恵と犀華の失踪をそれぞれが「己の責任だ」とかばいあい、原島公正は別れた妻をかばうために警察に嘘の自首をした。また、宮城犀華はエンディングで松田理佐子を救おうとしていた。それらは利己とは逆の……利他性というものだろう。それに魅力……美しさや尊さを感じるかは人それぞれで―—私個人としては「非効率的だ」と思ったが―—それを通じてのメッセージなのだろうと推測できる。

ここから先は自分の考えだ(いや……このnoteは最初からそうだったか)。そして私は……自分が「孤独に漂う寂しさを嘆くクラゲ」なのかということを考えた。そして……違うという結論を出した。残念ながら、自分は「弱肉強食が当然だと言い張り 怒りと嫌悪を煽る」側の人間だと思う。「嫌悪を煽る」というのはどうも好みではないが、「弱肉強食」と「怒り」は好きだ。それは、自分の観測する範囲での真実が、より弱肉強食に近いと感じるからだ。そして、「怒り」は面白いしエネルギーだと思う(ここで作者の言う「怒り」のニュアンスとは違うだろうけれど)。

だが……「他人に理由なく優しくしたとき それまで存在しなかった物が 新たに作り出されて」という部分、これは良い。この良さを説明するために私は言葉を尽くすべきだとすら感じる。理由なく優しくする……打算を超えたところに何かとても良いものが作り出されるきっかけがあるという表現、それを「親切」「優しさ」「友愛」「kindness」という言葉を使うのではなく、ゲームという形にして出力したのは非常に高等で挑戦的だ。

その魅力はわかる。そしてそれを信じるに足る理屈がゲームの製作者にはあったのだろう。それを他者に伝えたくてこのゲームを完成させたと言うのなら、それは迫力があって強いなと感じるし、製作者はイイ奴なんだろうなと私は思った。

11000字も書いて「作者はきっとイイ奴」なんて感想に収束するのはマヌケな気もするが、それが私の素直な感想である。書きたいだけ書きたいように書いたのでなかなか乱雑な文章だったとも思うが、これ以上長すぎても読むのが大変だから終わりにしよう。未解決事件の感想は終わらせないといけないから。

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