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さきどりの季節

あんなに暑かった日々が終わると、ひんやりと乾いた空気は透明感を増して、目に入るすべての景色がくっきりとした輪郭を描いて輝き出します。
ちらちらと陽の光を反射して揺れる木々の葉には黄色や赤が混じり出して、姿を消したセミの代わりに、戻ってきた野鳥たちの軽やかな声が響く森。
幹線道路を走る車の音もずいぶん少なくなり、耳を澄ませると落ち葉の音まで聞こえるよう。
空気が澄むというのは、目だけではなく耳でも感じることができるのだなと知ります。

さあ、これからは山は「さきどりの季節」。
街よりも早く秋が訪れ、街よりも早く冬になる山の暮らし。
紅葉が始まるのも、長袖を着るのも毛布を出すのも、ホットコーヒーが美味しくなるのも、みんな山の住人がさきどりです。

冬から夏にかけては、花も芽吹きもファッションも、すべて遅れをとっておりました。
街の人々がお花見を楽しむ頃に湿った重い雪と格闘し、街の人々が春の装いで身軽になる頃に防寒長靴を履いていたわたしたち。
3月の除雪作業の後に車で街へ買い物に行ったら、うっかり長靴のままであることに気づいて、うろたえたことが何度もあります。

でも、これからの季節はすべてさきどり。
そして、あっという間に短い秋は終わり、長い長い冬がやってきます。
初雪がちらつくのを目にするのも、除雪を始めるのも、やっぱり街よりも早いのです。ああ憂鬱。
けれども、わたしは夏よりも雪に閉ざされた冬の方が好きです。

今年は本当に「永すぎた夏」でございました。
「永すぎた春」が結婚前の関係を指すならば、「永すぎた夏」はどういう状態を指すのでしょう?
延々と新婚生活を続けているイメージ?
それはそれでしんどそうですね。

さてさて、やっと日ごとに窓の外の景色が変わる季節のはじまりです。
一年で一番好きな束の間の秋、じっくり味わいたいと思います。

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