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日本で味わえる、現地感にあふれた中東飯…クルド料理10皿

「メソポタミア」は、ギリシャ語で「複数の川の間の土地」という意味だそうだ。「メソポタミア」という名前の、おそらく東京で唯一のクルド料理店は、JR埼京線の十条駅南口を出てすぐの場所にある。この辺は、墨田川や荒川と石神井川の間の土地だから、ある意味メソポタミアだ。つまり十条は、この店の立地として「ぴったり」だと、以前ツイートしたことがある。

メソポタミアは通常、現在のイラク、トルコ、シリアにかけて広がる、チグリス、ユーフラテスの2大河にはさまれた土地のことを指す。

クルド人は、このメソポタミアの北部にも多く暮らしている。主にトルコ、イラン、イラク、シリアにまたがる主に山岳地帯に暮らす民族で、総人口は約3000万人。「国家を持たない最大の民族」と言われたりもする。クルド語を話しているが、地域により異なる方言がいくつかあり、北部のクルマンジー方言、さらに北のザザキ語、東のソラーニ方言などがある。

レストラン「メソポタミア」を営むのは、トルコ東南部ガジアンテプ出身のワッカス・チョーラクさんとその家族。ガジアンテプはクルディスタンでいうと西のほう。トルコ人とクルド人が混在する街で、ケバブやお菓子などが名高く、「食の都」ともいわれる。

そのガジアンテプのクルド人の家庭料理を供しているのが「メソポタミア」。クルド料理とは、いったいどんな食べ物なのか。「メソポタミア」のメニューを紹介しながらみていきたいと思う。

①ピクルス(漬物)

クルド人はピクルスをよく食べる。肉類や煮込みなどこってりした料理も多いからだろうか。「メソポタミア」のピクルスは、日本でいうと浅漬のようなさわやかな感じ。

一方、イラクのクルディスタンでは、割とよく漬かっていて、塩辛く感じるピクルスも少なくなかったように思う。下の写真のように、生野菜と食べるのがちょうどいいぐらい、といったような。

「メソポタミア」のピクルスのほうは、ひょっとしたら現代日本風にアレンジしているのかな、と思うくらい、あっさりとしていて、ワインを飲みながら前菜としてつまむのにちょうどいい感じだ。

②ドルマ(野菜のご飯詰め)

ピーマンやくりぬいたズッキーニにご飯を詰めて蒸した料理がドルマ。「メソポタミア」の料理にはあまり使われないコメを使った料理。ご飯に野菜などのうまみがしみ込んでいる。日本人でこれを嫌いな人はいないのではないか。

アラブ圏ではマハシと呼んでいるところが多いと思われるが、トルコやイラクではおおむね「ドルマ」と呼ぶ。

③ジャジュク(冷製ヨーグルトスープ)

ひょっとしたら夏限定のメニューかも。ニンニクとミントが効いた冷たいヨーグルトスープ。きざんだキュウリが入っている。

トルコでも、ギリシャ、イランでも同様の料理がある。トルコ語ではジャージクと呼ばれ、ギリシャでは「ザジキ」。イランでは「マースト・ヒヤール」。ギリシャやイランではどちらかというデップのような感じ。ヨーグルトの酸味にミントの軽い刺激とニンニクの旨味が感じられる。クルディスタンの暑い夏が育んだスープという気がする。

④ラフマジュン(薄焼きピザ)

薄焼きピザ。トルコ語でも「ラフマジュン」で、人気のファストフード。アラビア語で「スフィーハ」。ポルトガルやブラジルでも食され、ポルトガル語では「エスフィーハ」と呼ぶらしい。

サイズや厚さはいろいろ。小ぶりで生地が厚いものもある。下の写真は、レバノンのベイルートで食べたもの。当時はピザかな、と思ったが、これも一種のラフマジュン(スフィーハ)だったのかも知れない。

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ちょっと脱線してしまうが、ブラジルのエスフィーハがとても気になる。こんな感じらしい。

日本のブラジル人コミュニティーで、作っている売っていたりしないものだろうか。情報があったら、ぜひお寄せください。

⑤サラダ

よくよく写真を見かえしてみると、「メソポタミア」のサラダは、イランで「シーラーズサラダ」、トルコで「チョバン(羊飼い)サラダ」と呼ばれる、キュウリやトマトやタマネギを刻んだものと共通性がある気がする。ピリ辛のドレッシングが使われているところが、クルド的なのかもしれない。下がトルコのチョバンサラダ。

⑥鴨のロースト

今年の4月から7月まで通っていた、「東京外国語大学オープンアカデミー」のクルド語講座のクラスメート10人ぐらいと行って食べた料理。これは、かなりおいしく、かなり食べ応えもあった。

焼き方が上手なのだろう。パリパリとクリスピーな皮に、肉厚の身。鴨肉の下に埋まっているのは、ご飯ではなく。ブルグル。北アフリカでよく食べるクスクスよりも粒の大きいひきわり小麦だ。

⑦ブルグル(ひきわり小麦)

そのブルグルだけが、大皿に大盛りで出てくる場合がある。スープ・シチュー系の料理をかけて食べるためだ。まさに「飯を食う」という感覚。

写真はブルグルの上に羊肉をのせた「羊肉飯」。ブルグルは、日本のご飯のようでもあるのだが、もっとパラっとしている。それだけに、汁物と食べるとよく合う。

⑧ケレパチェ(羊の頭と脚のスープ)

クルド語で「頭」(ケレ)と「脚」(パチェ)の意味。羊の頭部、脚、さらに内蔵などを煮込んだピリ辛のシチュー。

羊の脂に唐辛子が溶け込んだ真っ赤な被膜層におおわれている。ニンニクが効いている。

ケレパチェはトルコやイランにもある。トルコでは、酒の後の「シメ」の位置づけらしいのだが、イランでは朝、力仕事の前に食べるファストフード。

イランで食べたものは、味は辛くなく、色付けも塩中心のシンプルな感じだった。上の写真はイランの首都テヘランの専門食堂で。

⑨ローレック(ブルグル団子)

一瞬、ひよこ豆が浮かんでいるのかな、と思ったが、違った。ひきわり小麦ブルグルやひよこ豆を練ってボール状にしたもの。英語では、「ブルグルボール」と呼んだりもするようだ。トルコ語ではユアラマなどと呼ばれる。

この「ブルグルボール」のことをローレックというようだが、ローレックがはいったスープ料理自体もそう呼んでいるようだ。

メソポタミアでいただいたのは、トマト味だったが、ヨーグルトベースの白いスープのものもあるようだ。

⑩ケッベ(肉コロッケ)

「メソポタミア」でまだ食べたことはないのだが、アラブ圏からトルコ、アルメニアなどまで、中東で広く食べられている「ケッベ」はランチでも気軽に食べられるようだ。地域により、クッベ、クッバ、キッベ、イチリキョフテなど、さまざまな呼び名がある。ひき肉などをブルグルなどで作る衣でくるんで揚げたコロッケのような食べ物。

「メソポタミア」のケッベは、ラグビーボール型。このシェイプが標準的かも知れない。トルコ南東部のハタイ地方では、形が細長くなる。

さらに、イラク北部モスルにいくと、平たい円盤状になる。

地域によって使う食材が変わることもある。シリア北部アレッポでは、衣に米を使う。

食感は柔らかい。色は黄金色になる。

また少し脱線してしまった。ともかく、クルディスタンの料理は周辺のトルコ人、アラブ人、イラン人との長い交流の歴史を経て、多彩なバリエーションを持つに至った、と言えるだろう。「これはトルコ料理だ」「いやアラブ料理だろう」といった声が出てくることは、むしろ当然のことであり、そうした境界のあいまいさは、クルドの食文化の豊かさを証明しているのだろうと思う。

以上、クルド料理店「メソポタミア」の料理の中から、10品ピックアップしてみた。興味を持たれた方は、ぜひ「メソポタミア」に足を運び、クルドの食のすばらしさの一端に触れてみてはと思う。

なお、ワッカス・チョーラクさんは言語学者でもあり、2019年度から、東京外国語大学でクルド語の授業・講座を行っている。

クルドの食を楽しむ際、クルド人の文化、歴史、社会を知れば、もっと味わい深くなる。言語を学ぶことで、その道がより豊かになるはず。

関心がある方は、受講を検討してみてはいかがだろうか。社会人対象の「オープンアカデミー」では、10月から「秋期間」の講座が始まる。申し込み受付は8月21日から開始される。上に貼ったリンクから、ネット上で申し込みが可能だ。

今回書いた記事は、今年の2月にアップした、「ワイルドすぎる中東飯、クルド料理を知るための10皿」の続編の位置づけになる。

今回の続編記事のほうは、あくまで「メソポタミア」で供された料理を対象としている。チョーラクさん一家がトルコ東南部ガジアンテプ出身であり、「メソポタミア」のメニューは、ガジアンテプなどクルディスタン北部の西側という限定された地域のクルド人の食文化である、ということは承知してほしい。

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