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「におい」と映像美で描き出されるシリア内戦の内実

レバノンの首都ベイルート北部の地中海沿岸に立つ高層ビルの建築現場。シリア内戦を逃れて国外で暮らす、あるシリア人の回想が綴られていく。手がかりとなるのが「セメントのにおい」。建築現場の風景を巧みなカメラワークで切り取った風景は美しい。だが、無論、労働者たちにとって、過酷な生活の場である。

シリア・ホムス出身のジアード・クルスーム監督作品「セメントの記憶」を試写会でみた。3月23日から、東京・渋谷のユーロスペースで公開される。

レバノンには、隣国シリアからの労働者がとても多い。シリアとレバノンは「ビラード・シャーム」(シリアの地)と呼ばれた、元々一体の地域だ。20世紀前半、欧州列強のさまざまな思惑がからみあって、別々の国になった経緯がある。パレスチナ民兵の流入を背景に1975年にレバノン内戦(終結は1990年)が勃発すると、その翌年、シリアが内戦に介入してレバノンに侵攻する。以降、レバノンはシリアの事実上の属国となり、政治的には従属の立場に置かれる。アラブ民族主義と社会主義をかかげたシリアは、現アサド大統領の父、ハーフェズ・アサド大統領が君臨する域内の軍事強国だった。

一方で、原油産出も多くなく、目立った産業もないシリア国民の生活は概して貧しかった。結果、シリアから大量の労働者が、金融・商業のハブであり経済的に繁栄していたレバノン・ベイルートにどっと流れ込んでいた。政治的には支配し支配される関係だったシリアとレバノン。しかしシリア労働者の立場からみれば、根強い差別を受けながら、家族の生活のために苦役をおこなう場所であった。

労働者の立場は今も変わらない。むしろ、シリア内戦の戦火を逃れてきた難民でもある今のシリア人労働者の辛苦は図り知れない。映画の中で、ビル建設現場内の殺伐とした居室で、スマートフォンに映し出された故郷シリアの荒廃した光景をぼう然とした表情でながめている労働者。その表情に、国外に逃れたシリア人の気持ちが、如実に表れている。

監督にとって「セメントのにおい」は、1990年代にシリアからレバノンに出稼ぎに来ていた父の記憶を呼び起こす「におい」なのだが、それと同時に、今も続いているシリア内戦の「におい」でもある。作品に挿入されている内戦の生々しい光景で、それが明確に示される。

高層ビル建築現場の大胆な構図を受け止める「視覚」だけでなく、セメントのにおいが鼻腔に入り込んでくるかのような「臭覚」も刺激される。普通、映画では発しないものが感じられる作品だった。

配給は「シリア・モナムール」(2016)を配給したことがある「サニー・フィルム」。公開に合わせ、監督の来日も決まったようだ。

その直前の3月16日~22日には、同じにユーロスペースで「イスラム映画祭」も開催される。

「イスラム映画祭」と「セメントの記憶」の上映が行われる3月下旬は、中東の今を知る貴重な手がかりが得られる時期になりそうだ。


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