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蘭州拉麺(ラーメン)の「食べ調べ」で、これまで分かったこと

「蘭州ラーメンから見える、この広くて複雑な世界の断面」というタイトルで、日本の蘭州拉麺(ラーメン)について前・後編の2回にわたってレポートしてきた。今回はその「番外編」という位置づけで、蘭州拉麺の社会背景について、とりあえずのまとめをしてみたい。

その前に、表記について。これまで、「蘭州ラーメン」と表記してきたが、この記事以降、「蘭州拉麺」と記すことにしたい。「拉麺」は、いわゆる「手延べ」で作られる麺を指す。一方、日本語の「ラーメン」は、「手延べ」麺だけでなく、包丁で切って作る麺、機械製麺のものも含んだ意味である。「蘭州拉麺」が原則、手延べで作られることを考慮すれば、「拉麺」と表記するのが適切だと考えた。

さて、本題に入ろう。ここ1週間ほど、ツイッターで蘭州拉麺のことをつぶやいたら、さまざまな方からさまざまな知見を頂戴した。埼玉・西川口の蘭州拉麺店「ザムザムの泉」さんからもいろいろな教えを受けた。この場を借りて、厚く感謝を申し上げる。

「本番中華の街 西川口观光协会」さんからは、東京・本郷の蘭州拉麺店「穆撒 」(ムーサ)についてつぶやいた時、以下のようなコメントをいただいた。

青海省の「化隆回族自治県」が蘭州拉麺の「もうひとつのふるさと」だというのだ。さらに、参考文献として、名古屋大学准教授の中屋信彦さんが書いた「中国回族ビジネスにおける宗教と政治― 蘭州拉麺、チベット・ビジネス、イスラーム金融 ―」という論文の存在を教えてくださった。以下がリンク(タイトルがついていないが)

この「中屋論文」は、中国のイスラム教徒「回族」の経済活動を、①青海省化隆回族自治県出身の出稼ぎ者による蘭州拉麺店経営(拉麺店経営)、②甘南チベット族自治州臨潭県の商人による、チベット人地域での店舗経営や行商(チベット・ビジネス)、③寧夏回族自治区にある寧夏銀行などのイスラーム金融の取り組み(イスラーム金融)--の3点から考察している。いずれもとても面白かったが、ここで焦点を当てるのは、当然、①の「拉麺店経営」である。

ここには、盛り込まれていた興味深い事実や推論をピックアップしてみる。(中屋氏本人以外の引用文献によって示されている事実や推論も含む)

・中国の回族の三大産業は宝飾品販売業、飲食業、食肉業
・蘭州拉麵は、馬保子という料理人によって1915年に創作された。1919年に現在の蘭州市張掖路附近に「馬保子牛肉拉麵店」がオープン
・中国各地で蘭州拉麵店を経営する店主は、多くが蘭州市出身者ではなく、隣省である青海省の化隆県周辺の出身者が中心
・1990年代の蘭州拉麵店急増の直接的な要因として大きく作用したのは、青海省の化隆回族自治県やその周辺の農民による拉麺店の出稼ぎ開業
・化隆回族自治県は、交通至便な所とは言い難いチベット高原西端の辺鄙な地域(筆者注・甘粛省蘭州からは直線距離で西へ100数十キロ)。人口は23万人、うち回族(イスラム教徒)は約53パーセント
・化隆回族自治県のの県都・巴燕鎮には、拉麺専門店はほとんど見当たらない
・全国25省市の210都市に化隆回族自治県出身者の拉麵店があり、7万3000人が従事
・化隆回族自治県出身者の拉麺店は地元以外に1万店強、 循化撒拉族自治県の 撒拉族や民和の回族など近隣の地域をすべて合わせた青海省の海東地区全体で2万5000軒くらいといった規模の模様
・広東省では計4000軒超の拉麺店が存在しているとされ、その90%は化隆回族自治県の出身者による開業
・軒並み家族経営。比較的小規模な店は夫婦や直系親族などの一家族で切り盛り。比較的規模の大きな拉麺店は家族に加え従業員を雇用。従業員は多くて7〜8人。多くが店主の親戚や同郷人、友人
・地元政府は、拉麵店の出稼ぎ開業を貧困からの有力な脱却策として奨励
・イスラム教徒経営の蘭州拉麺店は、東南沿海部の大都市のイスラーム教徒社会のイスラーム回帰に影響か

といったものだ。中屋氏の論文に盛り込まれている情報は、中国国内に関するものだ。だが、ここ数年、蘭州拉麺店が激増する日本についても、かなり当てはまるのではないかという気がする。

中屋論文の存在を教えてくれた「本番中華の街 西川口观光协会」さんは、日本の蘭州拉麺店は「蘭州出身ではない店が大半」だとしている。


また、「ザムザムの泉」さんは、中屋論文にもあるように、「蘭州拉麺」が地元政府(化隆県)が住民の貧困対策として、拉麺店開業のための無利子や低金利の融資も行っていると指摘している。

現時点で、日本の蘭州拉麺店についての情報が少なく、何ともいえないが、中国沿岸部の大都市と同様、蘭州拉麺を経営するのは、蘭州のある甘粛省の隣、青海省にある化隆回族自治県とその周辺出身のイスラム教徒、という可能性が高そうだ。

東京・本郷の「穆撒 (ムーサ)」の主人は、青海省の循化サラール自治県の出身。同自治県は、サラール族という中央アジアのサマルカンドから移住してきたとも言われるイスラム教徒が多く暮らす。循化サラール自治県は、化隆回族自治県などともに「海東地区」と呼ばれ、「中屋論文」によれば、化隆だけでなく、この地区全体が、蘭州拉麺開業者を多く輩出しているということのようだ。

蘭州拉麺の食べ歩きに端を発して、料理の背後にある、中国やイスラム教に関わる様々な知識を得ることになった。これを「食べ調べ」と呼んだらいいのではないか、と思う。「食べ調べ」は、ただ食べるだけでもなく、ただリサーチするだけでもない。「グルメ」と「学び」という2要素が相乗効果を生み、より料理がおいしくなり、より楽しむ学べるというの良い点だと思う。SNSなどでもみなさんの情報提供にも期待しながら、これからも続けていこうと思う。

「蘭州拉麺」を探るレポート、前編・後編は以下になります。


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