見出し画像

ISに狙われたイラク少数派の内紛危機…3人が「王位」を主張

イラクの少数派宗教集団ヤジーディには、いわゆる「カースト制度」がある。ヤジーディの人々は「シェイフ」「ピール」「ムリード」の3つのカーストに属する。「シェイフ」は「指導層」、「ピール」は「聖職者」と位置づけられ、「ムリード」は「平民」である。

ヤジーディは、同じカースト同士では結婚できない。子供は両親のカーストを継承する。こうした厳格な社会の仕組みが、レバノンから現イラクのクルディスタンにやってきた「中興の祖」シェイフ・アディの時代から800年にわたって、宗教集団の秩序を維持してきたともいえる。

「シェイフ」カーストはさらに3つのサブカーストに分かれる。「カタニス」「シャムサニ」「アダニス」で、それぞれ異なる部族を起源に持つ、血縁集団である。このサブカースト間での婚姻も禁止されている。

ヤジーディのトップに君臨しているのは、「カタニス」から輩出される「ミール」と呼ばれる王子(アラビア語でアミール)だ。ミールは世襲制であり、長男が継承することになっている。

さらに宗教的な権威として、精神的指導者の「バーバ・シェイフ」がいる。バーバ・シェイフは世襲ではないが、シェイフの中の3つのサブカーストのうち、「シャムサニ」の中のファクルッディン族から選ばれることになっている。指名するのは「ミール」の役割だ。

「ミール」は宗教集団内の「立法者」の役割を担う。「バーバ・シェイフ」は、「最高精神評議会」を率いて、ヤジード教の宗教的見地からの見解を発する役割を担う。

こうしたヤジード教の指導体制をイスラム国家と比較することが適切かどうかわからないが、この仕組みは、イスラム国家における世俗的君主である「スルタン」と宗教的指導者である「カリフ」を想起させるものがある。つまり、世俗的統治者「ミール=スルタン」、宗教的指導者「バーバ・シェイフ=カリフ」ということだ。

ただし、スルタンは宗教的権威であるカリフから世俗権力の委任を受けるもので、ヤジーディの二者は、むしろ関係が逆のようでもある。

さて、ここまで説明して、ようやく本題に入ることができそうだ。その「ミール」の「王位継承」にあたり、混乱が起きている、という話だ。

2019年1月、ミールのタハシン・サイード・アリ氏がドイツ・ハノーバーの病院で死去したと発表された。85歳だった。タハシン・サイード・アリ氏は1933年にイラク北部シェイハーンで生まれ、父の死にともない11歳でミールに就任した。

タハシーン・サイード・アリ氏が暮らしていたドイツは、ヤジーディ6万人が暮らす最大の在外コミュニティとなっている。

タハシーン・サイード・アリ氏の死去を受け、死去から半年後の7月27日、長男のハーゼム・タハシン・ベグ氏が、イラク北部にあるラリッシュ神殿で新ミール就任を宣言した。しかし、それに異議が呈せられ、他に2人が、自分が後任のミールにふさわしいと主張したのだ。

その2人とは、イラク北部シンジャールの神殿を管理する一族出身のナエフ・ビンダウード氏と、「シェイフ」カースト出身のウマヤ・ムアーウィーヤ氏だ。中東ニュースサイト「アル・モニター」によれば、ナエフ・ビンダウード氏はイラク北部のキリスト教徒やトルクメン人といった他の少数派連携しており、本人も「他の少数派との連携が、国際的な少数派保護を実現するための大きなステップだ」と、ヤジーディ安全確保での自身の功績をアピールしている。

一方、ウマヤ・ムアーウィーヤ氏は自身がミールにふさわしい理由について、「ドイツなどEU諸国に住むヤジーディたちの要請があった」と明らかにしている。

アル・モニターによれば、ハーゼム・タハシン・ベグ氏のミール就任には、ヤジーディの若い世代の「エリート層」からも「ヤジーディの人々の意思を尊重していない」といった異議が発せられた。

ヤジーディの伝統では、「ミール」の地位は代々同じ系譜で継承されるべきものだった。そうした伝統的なルールへのへの反発が噴出しているようにも見える。これは、2010年末以来、中東世界に広がった「アラブの春」と呼ばれる既存の権威体制への抗議行動と共通する何かなのだろうか。

その辺の考察を進めるには、現状では情報があまりに少ない。ただひとつ確かなのは、2014年のISのイラク北部侵攻により、ヤジーディ社会の離散が一層進んだことが、この後継ミールをめぐる意見対立表面化の背景にあるということだ。

ISに家を追われ、ヤジーディが暮らす地域は世界中に広がった。ラリッシュ神殿に近いシェイハーンを本拠としたミールの存在の権威が、次第に失われてきているということではないか。

そうだとすれば、この動きは、ヤジーディという宗教集団の存廃にも大きな関わるものだといってよいだろう。ミール後継問題が今後どんような展開を見せるのか、今後も注目していく必要がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?