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人間が登場しない、エジプト案内--野良猫のいる風景

エジプトの首都カイロ。旅行などで訪ねたことがある人は、よくわかると思うが、人々の活気で満ちあふれている街。人々の笑いや怒りがあふれている街。2度にわたり、計6年半、暮らしたことがあるが、そうしたあわただしい空気に充満したハイテンションに疲れてしまうこともしばしばある。

そんな時に、気持ちを和ませてくれるのが、野良猫たちだった。カイロの街には数えきれないほどの野良猫が徘徊している。砂漠から風に乗って飛んでくる砂ぼこりで、身なりはきれいとは言い難い。しかし、人間たちにまじって、たくましく生きている姿には、とても力づけられる思いがした。

エジプト人は、他の中東の国の人々と比べ、野良猫にとても優しいわけではないが、冷淡でもない。屋外レストランで食事をしている時は、料理を少し分けてあげたりする光景をよく見た。

「イスラミック・カイロ」と呼ばれるモスクや市場が集まる地区では、野良猫たちは、商人や観光客と一緒に、細い路地を歩き回る。

店番のおじさん用のイスに、ちゃっかり座ってくつろいでいたり、昼の日差しの余熱がこもる車のボンネット上で眠っていたりと、人間との適度な共存が図られている。

「猫集会」というものがあるらしいが、カイロで初めて目撃した。夜、住宅街の歩道に数十匹が集まっている姿は壮観だった。

野良猫にも、それぞれの容貌、表情がある。できるだけ近寄って撮影すると、猫たちの個性のようなものがわかるような気もしてくる。

でも、野良猫の寿命は短い。車にひかれて死んだ猫の遺体をみかけることは何度もあったし、皮膚病、眼病などにおかされて瀕死の猫も見た。一説によると、野良猫の寿命は6か月。病んだ猫のいたいたしい姿を見るのは辛かった。しかし、たいていの場合はどうすることもできない。毎朝みかけていたのに、いつの間にか姿を現わさなくなった猫もいた。

どうにも可哀そうになって、保護した野良猫が一匹だけいる。2013年の冬に、段ボールの中で震えていた兄弟猫の一匹だ。灰色のほうは保護してすぐに衰弱死した。右目がひどい眼病でとても助からないか、と思った白猫のほうは、回復して元気になった。また野良猫に戻すわけにもいかず、飼うことにした。

エジプトから引き揚げる時には、一緒に日本に連れてきた。今も元気で暮らしている。

野良猫とはいえないかも知れないが、生後すぐに路上に捨てられていた3匹の赤ちゃん猫も保護した。夏の盛りのこと。そのまま放置したら、数時間後には死んでしまうだろうと思うと、無視もできなかった。

粉ミルクを飲ませ、離乳食時代を経て、まずまず順調に成長していった。

この3匹も、日本引き揚げの時に一緒に連れ帰った。もちろん、エジプトの動物検疫当局での手続きをした上で。

日本暮らしが長くなっても、今も時々思い出す。あの猫たちは、カイロで元気に暮らしているだろうか、と。

エジプトは、「アラブの春」あるいは「エジプト革命」などと呼ばれた2011年の政変以降、激動が続いている。いつも動じずに悠然と過ごしていたようにみえるカイロの野良猫たちが、変わらずたくましく生きていることを願う。

人間が登場しないエジプト紹介、というのもあっていいか、と思って、過去にツイッターにアップしたものを引用して編集してみました。愛すべき街、カイロの空気感を感じ取ってもらえたら幸いです。

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カフェバグダッド

中東(オリエント)の奥行きの深さを、文化、歴史を交えて日本に紹介していきたいと考えています。近くて、遠い、両者の関係を深める助けになるんじゃないかと思います。旅をしている気持ちになれるようなエッセイも、トラベル情報を織り込みながら書いていきます。

猫のいる国、猫のいる街、猫のいる家

猫がいる風景と、そこに暮らす人々にまつわる話を拾いあげていきます。
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