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蘭州ラーメンから見える、この広くて複雑な世界の断面(前編)

最近、食の多様化が著しい日本。食べものを通じて、いろいろな歴史を知るきっかけになるのが本当に楽しい。この記事がおさめられているマガジン「この広い世界を知るための10皿」を創刊したのも、そんな楽しみをみなで共有したいと思ったからだ。

さて、きょうは蘭州ラーメンの話。蘭州拉麺、蘭州牛肉麺とも表記される、中国西部、甘粛省蘭州の名前を関した汁麺だ。甘粛省のイスラム教徒(回族)がもっぱら作る料理らしい。最近、首都圏を中心にどんどん専門レストランがオープンしていて、ちょっとしたブームの様相だ。澄んだ味わい深いスープ。噛み応えのある太さいろいろの手打ち麺。牛肉の醤油煮の薄切り。味のしみたダイコン。確かに、うまい。

牛肉麺人気で大行列

初めて蘭州ラーメンを意識したのは、約一年半前。東京・神田神保町を歩いていて、普段みたこともない大行列をみかけた時だった。それは、神保町の靖国通り沿いにオープンした「馬子禄牛肉面」というラーメン店に並ぶ客の列だった。

そこまで人を熱狂させるラーメンって、なんだろう?と思い、気にはなったが、その時はそれで終わった。

メッカの聖水が店名

それからしばらくして、世界の食に猛烈な関心を抱く私の友人たちが、フェイスブックなどで、蘭州ラーメンを話題にするのを目にした。埼玉県川口市のJR西川口駅近くに、「ザムザムの泉」という蘭州ラーメンの店があるらしい。

「ザムザムの泉」? イスラム教の聖地メッカにある聖なる泉の名前ではないか。調べると、蘭州ラーメンは、甘粛省周辺にいるイスラム教徒の食文化らしい。イスラム教徒と聞き、エジプトやイランに暮らした経験があり、イスラム社会に少なからず関心を持っている私の気持ちは一気に蘭州ラーメンに傾いた。行かねば。

初めて食べた蘭州ラーメンの味は、想像を超えた美味だった。カウンターのみ7席ほどの狭い店内。狭い調理場で男性が、たくましい腕で小麦の塊を伸ばしている。麺は「コシ」という言葉で言い尽くせない、なんとも独特な食感。澄んだスープはいつまででも味わっていたいほど。

西川口は家から少し遠く、「ザムザムの泉」に日常的に行くのは難しい。そこで日をおかず、あの大行列をみかけた神田神保町の「馬子禄牛肉面」へ行く。

私は「ザムザム」の方が口に合うが、こちらもおいしい。なんといっても都心なので、気軽に行きやすいというのもある。

日清食品もブームに追随

そのうち、日清食品が「蘭州牛肉麺」味のカップヌードルを売り出した。

これも一回、食べてみたが、インスタントラーメンとしてはよくできた商品だと思う。

蘭州のイスラム教徒のラーメンということで、「馬子禄」も「ザムザム」もイスラム法に則った食品という意味の「ハラール」の認証を受けていると店内に掲示している。

蘭州ラーメンは、日本人ラーメンファンだけでなく、日本に観光に来たイスラム教徒の食のニーズにもこたえているといえるだろう。「馬子禄」では、スカーフをかぶり、明らかにイスラム教徒とみられる東南アジアからの観光客の姿もみかけた。

とんこつの一蘭も参入

この主としてイスラム教徒向けといってもいいラーメンのマーケットに、日本のとんこつラーメンの有名店「一蘭」も参入。100パーセントとんこつ不使用をうたったラーメンを売り出した。手打ちでもないし、蘭州ラーメンとは別ものだが、競合の相手になるのかも知れない。

蘭州ラーメンの店はさらに増え続け、ファンによって、日本国内の店舗情報もまとめられるようになってきた。とてもありがたく、便利である。

こちらは、蘭州ラーメンに限らない「現地系中国麺の地図」になる。

日本で蘭州ラーメン人気が高まり、それにつれて新規開業も増える、そして認知度も上がり、ファンが増える。そんなプロセスをたどっているというのが今の蘭州ラーメンの状況だろう。

謎のサラール族

個人的には、蘭州ラーメンをめぐりさらなる新展開があった。「蘭州人ではない人が作る蘭州ラーメン」の発見だ。

食を通じて世界の移民街を紹介している友人のフェイスブックページにある「友人の友人」の書き込みに目が留まった。

「本郷三丁目の蘭州牛肉麺、ムーサの店主とスタッフがサラール族」

ムーサとは旧約聖書に出てくる、キリスト、イスラム、イスラムの世界三大啓示宗教に共通する預言者の名前だ。そして「サラール族」って?

なんだかわからないが、無性にその東京・本郷の蘭州ラーメン店「ムーサ(モーゼ)」に行ってみたくなった。(後編に続く)


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