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IS指導者バグダーディの性奴隷にされたアメリカ人のその後

ハリウッドのスター、ジョージ・クルーニー氏の妻、アマル・クルーニーさんがISに迫害された人々の支援をしていることはよく知られている。

特に、ISから異端視され、多くの女性が拉致され性奴隷にされた少数派ヤジーディの支援に力を入れている。

こうしたアマルさんの活動には、アマルさんの父親がドゥルーズ教徒という中東の宗教的少数派であることが影響しているのではないか、とみている。アマルさんはレバノン・ベイルートで生まれ、ロンドンで育った。ドゥルーズ教徒は中東の中でも、特にシリア、レバノン、イスラエルに多い。

イスラム教と共通する部分も多いが、イスラム教が否定する「輪廻転生」を信じることなどから、イスラム教徒から異端視されることも多い。

そのアマル・クルーニーさんが、4月23日にニューヨークで行われた国連安全保障理事会の会合で、IS幹部アブ・サヤフの妻、ウンム・サヤフ容疑者の身柄を米国に引き渡すよう求めた。

ISの財務担当だったとされる、チュニジア人アブ・サヤフは、2015年5月に米軍の軍事作戦で殺害された。その際、妻のウンム・サヤフ容疑者は米軍に拘束され、その後、イラク北部を実効統治するクルド地域政府に引き渡されて現在もイラク北部で拘留されているとみられている。

アマルさんが、ウンム・サヤフ容疑者の米国への引き渡しと、米国内での法の裁きを求めるのは、この容疑者が、ISが拉致した米国人女性、カイラ・ミューラーさんに行った性暴力に関与しているとみられるからだ。

当時20歳代のカイラ・ミューラーさんは、2013年8月、難民の援助活動をしていたシリアでISに拘束された。AP通信が伝えたアマル・クルーニー弁護士の発言によると、ミューラーさんはアブ・サヤフの家で「1年半にわたり、過酷な状況下で拘束され、繰り返しレイプされた」。レイプした主な人物は、ISトップのアブバクル・バグダーディーだという。

アマルさんによると、ウンム・サヤフ容疑者は「同情を示すことなく、部屋のカギをかけて、(バグダーディやアブ・サヤフによる)レイプに手を貸した」という。こうした情報は、アブ・サヤフが死亡した少し後の2015年8月に、米ABCテレビも伝えている。ともにアブ・サヤフの家で拘束されて性奴隷にされていたが、その後、脱出に成功したヤジーディ女性の証言などから米当局がそうした見方を強めている、という話だ。

もし、これが事実で、ISトップのバグダーディ容疑者みずからが、米国人のミューラーさんを性奴隷にしていたとすれば、ISが当時、提示していた組織の方針を自ら無視していたことになる。方針は、自分たちの行動をその場しのぎで正当化するだけものであり、いかにインチキなものだったかがわかる。

もう少し、詳しく説明する。

ISは、2014年10月発行の機関紙「ダービク」4号で、女性を奴隷にすることができるのは、多神教徒に限定される、という見解を示している。やはりISが異端視するイスラム教シーア派、アラウィー派、ドゥルーズ教徒などについては、元々イスラム教徒だったのが「信仰を捨てた」棄教者であるので、奴隷にすることはできないのだとする。またISは、キリスト教徒やユダヤ教徒については、イスラム教徒と同じ一神教でかつ聖典を持つ「啓典の民」であるとして、税金(ジズヤ)を支払った上で同じ場所で居住可能という処遇を示している。

ISには、ヤジーディ女性を多数拉致してから2か月後に発行された機関誌に記事を掲載し、ヤジーディ迫害を正当化する狙いがあったことは明白だ。

恐らくはキリスト教徒、少なくともヤジーディではないミューラーさんを性奴隷にするという行為は、彼らが示した公式見解とまったく矛盾した行為だったということだ。これがISの、あるいは「カリフ」を名乗った男の正体であるといえるだろう。

ミューラーさんについて、ISは2015年2月に、「ヨルダン軍がシリア北部で行った空爆によって死亡した」と発表。これに対し、米当局はミューラーさんの死は確かめられたとしたが、死亡時の状況については不明だとしている。

アマルさんを含め多くの人々が国連などに訴え続けているにもかかわらず、国際刑事裁判所での訴追や、国際法廷の設置といったISの犯罪を裁く動きは進んでいないのが現状だ。ISに犯罪の責任を取らせるためには、容疑者を被害者の出身国に送致し、その国の裁判所で裁く、という方法も検討していく必要があるのかも知れない。いずれにせよ、ISの犯罪をこのまま風化させてはならない。

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