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エジプトで、タクシーに置き忘れたiPadを執念で取り戻した話

 これは、私が以前住んでいたカイロで、ある夜に起きた「事件」だ。

 その日の仕事を終え、知り合いのとの会食場所に向かおうと、オフィスの前の通りでタクシーを拾った。5分ほど乗り、5エジプト・ポンド札を払って降り、会食を楽しんでいる最中にふと気づく。「バッグがない」。暗いグレーのビニール製のトートバック。中には、パスポート、いくばくかのお札、名刺入れ、そして、iPad miniが入っていた。

タクシーの車内にに置き忘れたに違いない。食事のあと、もしやとタクシーで勤務先のオフィスに戻ってみるが、ない。「やはり行きのタクシーの中だ」と確信する。
 タクシーの車番などは控えているはずもない。当時、カイロのタクシーは、車体の色が「白」か「白と黒のツートン」のおおむね2種類しかなかった。ボディーにタクシー会社の社名が書かれているわけでもなく、バッグを忘れたタクシー車両を特定するのは、そうとう困難だ。

「パスポートは、再発行できるのだろうけど、面倒だな」と、気落ちしているうちに、ふと思い出す。「『iPhoneを探す』機能がある」。GPSを使ってiPhoneなどの現在位置を割り出すことがきるというものだ。

まず、オフィスのパソコンからiCloudを開いて、「iPhoneを探す」機能で、iPad miniの場所を調べてみる。カイロ中心部のカスル・エルエイニ通りの一本裏の「カイロ大学付属小児病院」前の小道上にiPad miniのアイコンが表示されていた。

「たぶん、まだタクシー車内にある」。そう思って、再びオフィスの前でタクシーを拾い、カスル・エルエイニ通り裏の小道へ向かう。

アイコンが示された場所は、病院の夜間通用口の前だった。だが、それらしきタクシーはいない。夜間受付にもバッグは届いていない。タクシーが移動してしまったのか。
 ここで、今度は手持ちのiPhoneで「iPhoneを探す」を試みる。当時私は、iPhone5とiPad miniを併用していたが、iPhone5はポケットに入れていたので手元に残っていた。

そのiPhone5で、まずアプリをダウンロード。当時のエジプトはまだ3Gだった。なかなかダウンロードが完了しない。ようやく終了して、アプリを開くと、私のiPad miniは病院から南方向へ移動を始めていた。
 つないだままのタクシーの運転手に指示して、ナイル川沿いのコルニーシュ通りを移動するiPad miniを乗せたタクシーを追跡する。運転手は、私が何をしているのが、まったく理解できないようで、「おい、どこに行きたいんだ?」と不思議がっている。
 カイロ南郊の住宅街マーアディー地区をぐるぐる回ったiPad miniは、こんどは北上を始める。私の意図をほとんど理解していないタクシーでは、追跡しにくいことこの上ないので、偶然ながら、マアディーに住んでいるオフィス付きの運転手を呼び出して、追跡のための車をチェンジした。ダウンタウンを抜けたiPad miniは、ナイル川対岸のドッキ、モハンデシーンを通り、オフィスのあるナイル川中州のゲジーラ島へ入っていった。
 「バッグの中に入っていた名刺を見つけて届けてくれたのかも」。淡い期待はすぐに打ち砕かれ、iPad miniはゲジーラ島を通りぬけて再びナイル川右岸へ。川沿いに北上し、さらに幹線のカイロ・アレクサンドリア道路に乗って北上、ナイル川から引かれた水の運河の手前から脇道に入り、しばらくして、ナイル川と工場地帯にはさまれた住宅街とおぼしき地域で動きを止めた。

運転手との意思疎通は問題がなくなったとはいえ、私のiPhone5上に示された地点にすんなりだとり着くのは難しい。カイロの幹線道路は中央分離帯や立体交差も多いのだ。

 追跡のためにフル回転していたiPhone5のバッテリー表示は、すでに赤に変わっていた。もし、バッテリーが切れた後にiPad miniが移動してしまったら、その先の追跡はできない。万事休すだ。
 バッテリーの残りが5パーセントを切って、ようやくiPad miniの居場所ととして示された通りに到着。庶民的な、というか、カイロ中心部では考えられない粗末なカフェが並ぶ片側1車線もない細い通りだ。横丁との交差点にあるカフェに飛び込み、「シャンタ、シャンタ(アラビア語で「バッグ」の意味)」と連呼するが、客の男たちは、いぶかしげに見るばかり。この時点、すでに日付が変わっていたのに、かなり客でにぎわっていることに驚いた。
 カフェ付近には、2台ほどタクシーが止まっていた。自分がかばんを忘れたタクシーの車体も、運転手の人相・特徴もまったく記憶に残っていない。カイロのタクシーは、運転手が昼、夜で交代するなどして、一台を2人以上で使いまわすのが普通らしい。停車していたタクシーの運転手を呼んでもらい、バッグがあるかどうか尋ねてみても要領を得ない。カフェ付近には人だかりができていたが、「こいつは、オレ達を泥棒扱いするのか」といった不穏な空気も広がっていく。
 もう、ダメかと思ってあきらめようと思った時、ふと、横に止まっていたタクシーの後部座席をみると、私のバッグらしき物体が見えた。また運転手を呼んで、後部左側のドアを開けてもらうと、バッグが見つかった。黒っぽい色のバッグが、黒っぽいシートと重なって、外からでわかりにくかったのだ。

アラブではタクシーの客も1人なら、まず助手席に乗るのが普通だから、その後乗った客もバッグに気付かなかった可能性が高い。私は、日本の習慣が抜けきらず、いつも後部座席に乗っていた。顏をおぼえていなかったが、運転手だという男性に丁重に礼を言い、いくばくかの謝礼(現金)を手渡した。
 騒ぎに集まっていたカフェの客たちも「オレたちは悪人じゃなかっただろ?」といった感じで喜んでくれた。午前0時半、長い旅はようやく終わった。

この夜の出来事から、何が言えるだろうか。同じようなミスは、海外の旅先で、起こりうることだろうから、記しておきたい。

「タクシーではバッグなどはシートに置かずにひざの上に置く。お金を払うときなどに、所持品のことを忘れたり、おろそかになる時がある」

「パスポートはできるだけ持ち歩かない。コピーで十分な場合が多い」

「『iPhoneを探す』機能のセットアップをしておく。この機能の存在を知らなかったり、アプリのダウンロードができなかったら、そもそも探そうとすこともできなかったわけだから」
 「乗ったタクシーの運転手の人相、ナンバーなどはできる限り覚えるようにする。なかなかそんな訳にもはいかないだろうけど」

「車内で稼働させられるスマホ充電器を常に持ち歩く」

エジプトでよく売られている「ド派手のスマホケースを使用する」というのも効果的かも知れない。

私が感じたのは以上のようなことだ。

パスポートは5年以上使っていたもので、それまでに行った入国印やビザがたくさん貼られていて、思い出が詰まっているものだった。これをなくさずにすんだことが、実は、一番うれしかった。

エジプト人の常套句に、イスラム教の唯一神、アッラーに感謝するという意味の「アルハムドリッラー」というアラビア語のフレーズがある。ナイル川沿いの道を帰路につく途中、私は何度も、この言葉をひとりごとのようにつぶやいた。

*最後までお読みいただき、ありがとうございます。「カフェバグダッド」について、簡単な説明を以下にまとめてあります。こうした文章を書いていることの動機・理由を説明してありますので、ご一読いただければ幸いです。


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