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ラ・ニュイ

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La Nuitは月曜日に来ると言った。
Cafe Montageのことは、なんとなく知っているらしい。
だから道順も教えなかった。

月曜日にLa Nuitは来た。
全体にぼんやりとした黒い服装で、体のところどころが引き締まったり、ゆるんだりしている。ここまで歩いてきたらしい。顔はよく見えなかった。

「これが『夜のガスパール』の香水です。」
そう言って、La Nuitは黒いカバンから小振りの辞典ほどの大きさの黒い箱を取り出した。
黒い箱を開けると、そこには3本の試験管が横たわっている。
La Nuitは「ピアノの鍵盤のように押すと出てきます」と言いながら、試験管の下部を指で押した。

試験管は箱の上で静かに立っていた。

La Nuitは試験管を左手でつまみ、その頭部を押して、右手に持っていたカードに香水を吹き付けた。

「まず、これが『オンディーヌ』です。」

カードを渡されたので、大きく息を吸い込んでみた。

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自分がいわゆる香水と思っている甘い香りの部分と、よくわからないどんよりとした匂いの部分の輪郭があいまいで、その奥にまだ掴み切れていない感覚の存在が見えるような気がする。

「そして、これが『絞首台』」

h・・・・・・s・・・・・

霧が深くなった。奥になにかいるような気配が少し強くなった。

そのときLa Nuitが「レザー」と口にした。
革..? 意味がすぐにはわからない。首に巻き付ける革ということだろうか。

「『スカルボ』をどうぞ」

h・・・・・・s・・・・・

何かが光っているけれど、煙の中でよく見えない。先ほどより、瞼に力が加わっているようだ。

「3つあわせてみてもいいですよ」と黒づくめのLa Nuitが言うので、3枚のカードを重ねてみた。
黒を背景にして、見たことのない色が広がっていく。自分は階段を上っているようだ。今からどこに行くのだろう。

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時間と空間を瓶詰にして、La Nuitはここに来た。

世に数ある香水のボトルの、あのように様々な形も、そこに閉じ込められた時間や空間に由来するのだろうか。3本の試験管はピアノの鍵盤だということだが、それは指の延長のようにも見える。

「これはブックレットです」とLa Nuitは『Gaspard de la Nuit』と表紙に書いてある冊子をテーブルに立てて、それを指さして言った。

黒い箱は、この冊子を収めるためにあったのか。  
本が先にあって、そこに香水もあるとも見えてくるような存在感がある。

「どうぞ」といわれるままに、冊子を手に取って開けてみた。

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アレクサンドル・タロー?
「ご自分でインタビューされたのですか?」と尋ねた。

「ええ、まあ、」とLa Nuitはつぶやくように答えた。

ベルトランの文字が並び、ラヴェルの音符が重なり、綴じられた硬質な紙。
ここにも時間と空間は閉じ込められているようだ。
詩と香り、そこに音楽を・・・?
いや、音楽がはじめにあったのか。
ちがう、詩が。夜が?

「『歴史は夜に作られる』って、たしか映画がありましたね」とLa Nuitは言った。

"Le Destin se joue La Nuit"

「この場所なら、いいと思うんですよね。香りと音楽。」

La Nuitは本と試験管を黒い箱に収め、黒いカバンをかかえて、階段を昇って帰っていった。

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パイプオルガンの下のきざはしに跪いた巡礼の私。
妙なる調べとともに、ひとむらの天使が天上から降りきたるのを感じた。
私は吊り香炉からただよう微かな芳香を吸い込んだ。
―「夕べのミサ」
(ベルトラン作「夜のガスパール」より:庄野健訳)


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2022年2月19日(土)20:00開演
「夜を聞く」
ピアノ:長富彩

La Nuit「夜のガスパール」のページ
https://de-la-nuit.com/fragrance/product/product-2243/

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