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モノづくりあるある

一口に "木工" と言っても、その技法は様々だ。
私が主にやっているのは、「挽き物(ひきもの)」というやつで、機械にセットして回転する木材を専用の刃物で削り出すもの。
そのため、基本的にはキレイな円盤状になったお椀やお皿などしか作れない。
均一なものが作れる反面、機械的で手作り感に欠けるというのが難点でもある。

そして最近、彫刻刀や鑿(のみ)で手彫りするようなものも作りたいと思うようになってきた。
カトラリーや豆皿など、クラフト感あふれるものも素敵ではないかと、教則本や本格的な刃物を買い揃えはじめていた。

そんな折、知人からお皿の注文をいただいた。その方が開催するイベントで提供する料理を盛り付けるためのものだそうだ。
ご所望の形がタイミングのいいことに、途中まで木工旋盤で作り、仕上げは手彫りで行うというものだった。

合計20枚。
まずは、「こんな感じの、、、」という画像をもらう。

それを参考に試作品を作り、「こんな感じでどうですか?」と確認をとる。
もちろん、はじめての手彫りなので粗いつくりである。

そして調子に乗り、「こんなのもできますよ?」と提案してみる。
これが旋盤という機械の力を借りないオール手彫りのものであった。

「ではそれとそれを10枚ずつ。」という流れで決定。

一見順調そうに見えるが、ここにモノづくりあるあるが潜んでいた。
名付けて、「試作品1枚きりなら意外とサッと作れて、イケるやん!と思いきや、本番でまとまった数を作りだした途端、メッチャむずいやん!となる現象」である。

この恐ろしく長い名前の、恐ろしく追いつめられる現象にひっかかってしまった。
というか、まったくの素人が独学の木工を仕事にし始めて以来、ずっとこんな感じだ。

納期も目前に迫ってきている。
このお皿20枚の仕事にとりかかったのが、とある土曜日。
納品は翌週の金曜日で、残された日数は実にあと6日という時点だった。

試作品が何とかなった安心感に加えて、別の仕事で納期がギリギリのがあり着工が遅れていた。
それはともかく、このお皿には「拭き漆」という漆塗りも施さなければならない。

割と早く仕上げられる技法とはいえ、最低でもこの工程に2日間はかかる。
ということは、いまだ未知の領域の木工作業に充てる時間は4日間しかない。

これはジャックバウアー並みに東奔西走する予感が。


日曜日は兄に無理矢理たき火バーベキューへと駆り出されたが、「火はええわ~」と言ってほっこりする時間があるはずもない。

仕事をするためにちゃぶ台を持ち出してきた。
河原とちゃぶ台のギャップに、「室内旅行機か!!(ドラえもんのひみつ道具)」とツッコミながら一人で黙々と作業を進める。

週が明けた月曜日、オール手彫りの10枚にも手をつけ始めるが、これが真にマズかった。
小道具刀という、大きい彫刻刀みたいなやつで内側を1枚荒彫りするだけで1時間半かかった。

そして小道具刀の柄の部分に押し当てられる手のひらにうっすらとマメができて痛い。
この調子で続けていたら、単純に10枚分の内側を荒彫りするだけで15時間かかることになる。
手のひらもこれ以上圧力をかけられることを懸念して、抗議活動を始め出した。

本稿にふさわしく絶望的な気分で柱にもたれて座り放心状態になっていた。

だが、お客さんに土下座する光景を想像していた時、光明が差しこんだ。

「そういや、買ったものの安物で切れ味悪くて使ってないノミがたしかこのあたりに、、、」

ガサゴソと探して取り出したのは、「たたきノミ」というやつである。
これは彫刻刀みたいな小道具刀と違って、柄の部分に金属の輪っかが付いている。
ハンマーで打ち込めるよう丈夫にするためだ。

ためしに左手でノミを木材に押し当て、柄にガツンとハンマーを打ち込んでみると、、、

「こいつ!、、、斬れる!、、、」と、刃先を見つめる私はイズミノカミナントカを手にした土方歳三の驚きさながらであった。
手で強く押し当てなくていいので、マメが出来た手のひらも納得の様子だ。

これで彫り進めていけばなんとかなる気がした。
というか、本来は荒彫りの段階としてさっさとこの方法をとるべきだったのだが、経験がなく無知だったので仕方がない。

納期に間に合うかもしれないと希望の光が差し込んだものの、この方法には二つ問題がある。
それは、ノミを叩く音がとんでもなくデカいという事と、わが工房が静かな住宅街にあるということだ。

間違いなく近所迷惑であり、苦情が寄せられてもおかしくない。
ただでさえ、平日の昼間から出たり入ったりしていて変な目で見られているような気がするのだ。
(漆の工房と木工の作業場が別の場所にあるから、行ったり来たりすることが多い。)

なんだか旅人っぽいヤツがしばらく住み着いていた様子でもあるし。

つい先日、町内で回収日ではない日に燃えるゴミが放置されるという事案が発生した際には容疑者として見られていた様子で、素性や連絡先を訪ねられた。

もちろんその犯人は私ではないのだが、居心地の悪さを増大させないためには人里離れた場所で作業するしか選択肢がなかった。
私は車で山に向かった。大文字山を裏側からせめる登山道である。

またしても持ち出してきた机にクランプで木材を固定し、遠慮なくガツンガツンとハンマーを打ち込んだ。
その勢いたるや、近くにいた鳥たちが一斉に飛び立つほどであった。

この日は天気がぐずついていて、10枚のうちあと2枚というところでぽつぽつ雨が豪雨に変わった。
さすがにこれ以上は無理と判断し、残りの2枚は住宅街の工房で申し訳ない気持ちになりながらガツガツ打ち込んだ。

そして手と機械を駆使して木をホリホリし、連日夜更けまでヤスリがけをした結果、奇跡的に水曜日には20枚のお皿が出来上がった。

特急で拭き漆をして、なんとか納期の金曜日に間に合ったとさ。

おわり

みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。