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#シロクマ文芸部春の夢 創作(幼き日の思い出)

春の夢は 幼い日の切ない思い出 この 思い出を忘れないように 書き残します

母が亡くなったのは如月のまだ凍てつく寒さの中にありました
野辺送りの道はぬかるんで私は素足にわらじ おまけに足はしもやけで赤く腫れ上がっていました
家々から 最期の別れと家人が出て来て手を合わせる中に尋常小学校の同級生もおりました
私は皆の目にさらされながら うつむいて 白木の位牌を胸に 山辺の道を登って行きました
母は荼毘に付され いつまでも白く立ちのぼる煙が目に焼き付いております
父と私だけの暮らしが始まりました
目を覚ますと かまどの前で煮炊きする母の姿はなく 冷えた飯と汁を流し込むように食べて学校へ通う日々でした
それでもそんな生活にもなれ 雪の間から福寿草が淡い薄緑の葉を覗かせる頃 友達の優子さんが家に招待してくださいました
優子さんの家は代々続く村のお医者様で お母様も優子さんもとても上品でお優しい方でした。
座敷に通されると そこには五段もあるお雛様が飾ってありました
おだいり様 お雛様 三人官女 五人囃子 色々なお道具 それは見事なものでした 私達は おはじきやお手玉をして遊びました
お母様が珍しいお菓子や雛あられを用意してくださり 久々子どもらしさを取り戻しました
優子さんが部屋を離れた時 私はお雛様が持っている扇子を何気なく見つめておりました 
母が箪笥から大事そうに取り出して見せてくれた扇子を思い出したのです
「これはね 母さんがお嫁入りの時 持ってきた扇子なのよ 綺麗でしょ」
そう言ってまた大事そうに箪笥の奥にしまいました 今はありません きっとお金に困って売ってしまったのでしょう
私はお雛様の扇子を手にとってみていました その時優子さんが部屋に入ってきたので 慌てて扇子を握り締め 私の手の中に残したまま
お母様と優子さんに御礼を告げ 逃げるように 家を後にしました
どうしてこんなことをしてしまったんだろう 優しくしてくれた二人に……
生前の母を思い出して こらえていたものが吹き出してしまったのです
「母さん  会いたい 会いたい」
私は布団をかぶり思い切り泣きました
布団にはまだ母さんの匂いが残っておりました
私は 夕方気持ちが収まると 優子さんの家に向かいました
私は頭を下げ 黙って掌の平の扇子を見せました
その時 優子さんのお母様は 私の手を引き寄せ 抱いて下さいました

「辛かったね よく頑張ったね」
と 背中を撫でて下さいました
私はこらえていた涙が溢れ 泣きじゃくりながら 家へと駈けておりました 
その時の夕日の温かさは忘れることができません
春の日に起きた 私の小さな夢の様な出来事 悲しいけれど 喉元を温かいものが落ちてゆくような 切ない気持ち
宝箱にそっとしまっている私の忘れられない 春の夢です
それからも 私と優子さんは仲よしで
結婚後も お互いの家を行き来しています
五段飾りの前でお互いの子どもを抱き
笑顔で写真に収まりながら 優しい陽だまりの中におります




終わり

私は 母を題材にした話しが多く 元気でピンピンしているにもかかわらず 作品の中で 何回か○んで頂いており申し訳なく思っています。
noteを書いていて 私 かなりマザコンだなぁと 近頃思うことです😆



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