Spontaneous Hypothermia(広義のShapiro症候群)

最近, X経由で症例報告レポートを呼んだ.
繰り返す発汗+悪寒戦慄であるが, 血液検査も問題なく, 敗血症でも無い症例で, てんかん波を認め, 最終的にてんかん発作であった, という報告である.

この症例では最初に発汗を生じ, その後悪寒戦慄が生じるエピソードを繰り返していたそうだ.
これをザッとであるが目を通し, ある病態を想起した.


悪寒戦慄は「悪寒」を感じ, さらに「震える」症状である.
実際の深部温と、中枢における体温セットポイントが大きく開く場合に生じる症状であり, 例えば菌血症でサイトカインやエンドトキシンが中枢に作用し, 急激にセットポイントが上昇する場合が有名である.
また, セットポイントは正常であるが, 深部温が低下する低体温からの復温過程でも生じる.

ちなみに, 体温調節中枢は視床下部にある.
主に視索前野が重要であり, 前部中枢では血管拡張と発汗を誘導
, 後部中枢では血管収縮と震えを誘導する.

Front. Neurol. 13:911332. doi: 10.3389/fneur.2022.911332

「悪寒戦慄といえば菌血症のリスク!」というのは救急や内科をやっている医師には有名な話であるが, 上記のような症例では自発性低体温症(spontaneous hypothermia, Shapiro症候群)という病態が隠れていることがある.

自発性低体温症は非常に稀, とはいいつつ, 実はそこを意識していないとしばしば見逃されるため, 鑑別疾患リストの片隅にでも置いておいてもらえるとよいかもしれない.

Shapiro症候群とは

Shapiro症候群は自発性の周期性低体温, 発汗過多, 脳梁離断を特徴とする疾患である.
・Shapiro症候群は1969年に初めて脳梁低形成, 低体温, 発汗過多を認めた症例としてWilliam Shapiroにより”間脳てんかん”として報告された.
・1994年には脳梁に問題を認めないShapiro症候群患者が報告されている(変型SS). 
・2022年までにおよそ60例の報告があるが, いずれも症例報告であり, まとまったケースシリーズはほぼ無い.
(Front. Neurol. 13:911332. doi: 10.3389/fneur.2022.911332)

Shapiro症候群の病理学的機序は未だ不明確であり, 視床下部の機能障害, 神経伝達物質の異常, 内因性高メラトニン, 遺伝的要因などの仮説がある.
・脳腫瘍や, 多発性硬化症患者, てんかん症例において, 自発性低体温を呈する症例報告はあり, この場合は視床下部や神経伝達物質異常などの関連が推察される
(こういった症例も広義のShapiro症候群として含んでも良いのでは無いかとは思う)

Shapiro症候群の症状, 所見

症例報告など合計52例のまとめより;
(Eur J Paediatr Neurol. 2014 Jul;18(4):453-7.)(Front. Neurol. 13:911332. doi: 10.3389/fneur.2022.911332)

・年齢は<20歳がおよそ半数
 
 20-50歳が38%, >50歳も12%で認められる.
・発作の時間は<1hが26%, 1-3hが20%, 3-6hが28%
, >6hが10%
・発作は30分以上のことが多く,
月1回以上が65.8%
 ・脳梁形成不全は40%
・発汗が42.3%, 悪寒が19%

てんかんと自発性低体温症の報告

(Eur J Case Rep Intern Med. 2023 Jul 13;10(8):003960.)
この文献には2例の症例報告とそれまでの脳梁病変を認めないが, てんかんによる自発性低体温症を呈した症例報告のまとめが記載されている.

72歳女性. 進行性の精神機能低下
・無気力, 徐脈, 傾眠などを認め入院精査となった.

・入院中に度々低体温症(<35度)を認め, 最も低い時で28.2度まで低下し, 
いずれも自然に改善を認めた.

・
また, 1年前にも同様の症状で入院し, 自然に改善していた.
・頭部画像検査は異常を認めず,
 脳波検査にててんかん波が検出

72歳女性(別症例). 倦怠感, 無気力, 歩行不安定
・変動性の神経精神症状を認め, また繰り返す低体温が検出された.

・体温は最低で30.1度まで低下し, 自然に改善.
・過去6ヶ月で2回同様の症状
・頭部画像所見はラクナ梗塞, 脳質周囲白質病変程度. 脳梁病変なし.
・
脳波検査にててんかん波を検出
・Levetiracetamが開始され, 症状は改善を認めた.

症例まとめ

多発性硬化症と自発性低体温症の報告

MSでは視床下部病変によりEpisodic hypothermiaを生じる報告がいくつか報告されている.(Mult Scler. 2019 Apr;25(5):709-714.)
Mayo clinicにおいて1996-2015年に受診した患者のうち, 
MSと低体温で検索した結果, 34例でMSと低体温の併発が認められた.
・このうち22例(94%)がEpisodic hypothermiaと進行性のMS症例
であり, その多く(56%)で感染症の関連が疑われたが, 証明されたのは28%のみ
・MRIにて視床下部病変を認めたのは4例(14%)のみ.
 脳幹病変は82%と多い. 活動性の炎症性病変は11%のみであった.

・古い文献にもMSと低体温の報告はある
 2例の報告とそれまでの6例を加えた報告
 (Acta Neurol Scand. 1992 Dec;86(6):632-4.)

悪性腫瘍と自発性低体温症

脳腫瘍患者において, 低体温が初発症状となった報告.
(日本老年医学階雑誌 1990;27(1):69-73)
・国内より, 84歳女性, 直腸温にて持続的に35度以下を示し,
精査の結果第三脳室近傍に30x30x35mmの嚢胞性腫瘍を認めた報告
 
・他に内分泌機能を含めて明らかな異常を認めず
, 視床下部圧排による体温調節機能の異常と
判断された.

・また感染症合併時は正常に体温は上昇を認めた.

35歳男性, 第三脳室に浸潤する毛様細胞性星状細胞種の
術後に繰り返す周期性低体温を呈した報告
(Acta Neurol Belg. 2015 Dec;115(4):753-5.)
・術後尿崩症や低Na血症を呈し, 対応.

・術後27日目に深部体温31度, 徐脈, 意識障害を呈し, ICU管理
・その後も周期性に発汗を伴う低体温, 徐脈, 意識障害エピソードあり
Clonidine, Levodopa, Citalopramを試したが不応

他に悪性腫瘍によるEpisodic hypothermiaの報告では,
腎細胞癌からの視床下部転移の症例,
視床下部原発の脳腫瘍症例,
左前頭葉の異所性灰白質での症例報告がある.
(Neurol Clin Pract. 2014 Feb; 4(1): 26–33.)
・間脳のてんかん発作による低体温の機序や
バルプロ酸やカルバマゼピンにより改善した報告から, てんかんの関連が示唆されている.
・視床下部におけるてんかん波は通常の脳波検査では評価しにくく
抗てんかん薬による治療的診断も考慮する

その他の自発性低体温症の報告

頭部外傷後の症例報告があり, 受傷後3-10年で生じている.
・脳梁の障害や視床下部の障害, これら障害が認められないパターンなど様々.
 (European Journal of Neurology 2007, 14: 224–227)(Neurol Clin Pract. 2014 Feb; 4(1): 26–33.)

最後: 自験例

70歳台女性, 体温が低いのでコンサルト.
・デイケアからの帰宅後, 自宅にて倦怠感を訴えた. また周りの人との意思疎通が何かおかしいと周囲が感じたため, 救急要請となった.
・ERにて意識障害の精査を行い, 頭部MRIにて異常を認めたため入院となった.
・血液検査では特に異常は認められず.
・ERでのバイタルサインは体温が30度と低いが, スルーされていた.

入院後, ずっと体温が低いのでコンサルト.

・デイケアでの情報を問い合わせると, 体温は36度と毎回正常範囲であった.
・診察では皮膚温は冷たく, 測定エラーではない.
・会話は可能であり, 普段の状況がわからないが, 別段意識障害があるようにも感じない印象であった.
・そして復温しようとすると発汗し, 暑いと言って毛布や布団を蹴っ飛ばした.

頭部MRI検査

・脳梁を含む病変が認められた 

脳波検査ではてんかん波は検出されなかったが, 間脳てんかんでは感度は落ちると考えたため, 治療的診断でベンゾジアゼピンの投与, また抗てんかん薬を開始.

その後の熱型

熱型が改善する際に悪寒戦慄が観察された.
熱型の改善と共に, 性格が変わり, 数日間診察をしていた自分の顔も名前も覚えていなかった.

この経過から, 入院時〜非痙攣性てんかん状態であったことが推察された.
その後脳病変の精査が行われ, CNSリンパ腫の診断となった.

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