ヒカキン解禁

私がヒカキン禁止令を出された彼女を救った、と1口に言っても誰も信じてくれなさそうなので、ここに当時の状況を記していくことにした。

彼女は、現代の東京では考えられないほどの豪雪の中で1人、駅のホームから汽車を眺めていた。その姿は消え入りそうなほど純粋で、1度触れてしまえば彼女を覆う存在証明ががシャボン玉のようにいとも容易く弾けてしまうのではないか、そういった風貌であった。彼女は姓を清水と名乗った。特段気にする必要も無い苗字に思えたが、その2文字は彼女を構成する全てであり、何か異国の言葉であるような装いを感じた。私は彼女が愛おしかった。何故そのようにじっと汽車を見ているですか、と聞くと、
「私をどこかに連れ去ってくれる気がして」
と彼女は答えた。彼女は、ヒカマニ禁止令を出されていたのだ。ヒカマニ、という聞き馴染みのある単語が飛び出してきたことに驚き、私の口から弱々しい声が漏れた。1度口を開いた彼女は、決壊したダムのようにこれまで自身の身に起きたことを話し始めた。彼女の親は潔癖症だと言う。それ故に、世間が定義付けている「汚い」ものに対してどうしようも無いほどの嫌悪感を抱いているらしい。それ迄ならさほど珍しくもなく、彼女の日常には何も危険は及ばないであろうと思うのだが、そこには彼女を取り巻く闇を形作った悪魔の存在があった。なんと彼女の母親は、彼女から絶望の全てを奪ったのであった。絶望を取り去る、と書くと聞こえはいいが、絶望は時に人格形成の要となり、または最高の娯楽となる。その中にヒカマニが存在した。また、これは私にとっても聞き馴染みの無い言葉であったのだが、同時に“ インム”なるものも母親に規制されていたという。話を聞くとこれらのヒカマニと“ インム”は、互いに絶望の中枢を担うコンテンツであり、それが母の潔癖を弾くセンサーに引っかかってしまったらしい。彼女は泣いていた。その悲しいほど小さく見える背中をさすりながら、彼女の家まで案内して貰うことにした。怒りで、震えていた。いたいけな少女から自由なヒカマーとなる機会を奪い、ただのアクセサリーとしか見ていないような人間がこの哀れな小動物を完成させたというのだ。玄関を数度ノックし、のそのそとサンダルを履いて出てきたカバのような女に私はきらりと光るものを突き立てた。彼女は一瞬動揺の目を見せたものの、気付くと私に抱きついて啜り泣いていた。彼女の頭に血の染み込んだ右手を乗せ、刺すような西日に向かって私は呟いた。

これが社会正義だ、そうに決まってる。

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