愛
内村鑑三
過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時
が来たことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通
された。(ヨハネ伝 一三・一)
愛は自己を与うる事、他(ひと)のために自己を捨てる事、あるいは自己を
去ることであります。英語のLove(愛)はLeave(去る)と同じ詞であると
のことであります。ラブ(愛)するはリーブ(去る)する事である、そして
自己を去る事その事がLiveする事、すなわちLife(生くる事)であります。ま
ことにうるわしき三幅対(さんぷくつい)であります。意味の深い三幅対で
あります。
「続一日一生」より
【感想】
難しいですね。🤔
「『愛は自己を与える事』というのは、自分のエネルギーを人のために使う
こと。
『他(ひと)のために自己を捨てる事』とは、奉仕すること。
『自己を去る事がLiveする事、Lifeする事』とは、自己中心的になるのを辞
めて、思いやりのある人になって、他者と共に生きること。」と私は、解釈
しました。
これを三幅対(三つで一そろいの物)と内村鑑三はいうのですね。
このことが、キリストの愛なのですね。
このことを実現してくださったのは、救い主イエス・キリストですね。
このことを実現してくださった救い主イエス・キリストの大きな深い愛を忘
れずにいたいです。
そして、この「神の愛」を信じることから始まる十字架の縦のつながりと
隣人を大切にする横のつながりを心に描いて、私は、イエス・キリストと共
にあって、強められて、お互いに責めるべきことがあっても「赦し合う愛」
に生きる、平和な世の中が訪れることを祈らなくてはならないと思いました
。
シャローム
平安がありますように。
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