見出し画像

【日本とカンボジア】幻のキリロム高原都市計画

シアヌーク殿下の日本人移民計画の一部であった、幻のキリロム高原都市計画。関係資料を入手しましたので、こちらについても書いていきたいと思いますが、まずは写真を数枚ご紹介します。

資料によりますと、調査団は1956年3月16日から4月15日までの1ヵ月間カンボジアに滞在し、日本大使館との接点としては、3月16日には吉岡大使主催のレセプション、19日には調査団と大使の打ち合わせがありました。また興味深いのは27日には植村使節レセプションが吉岡大使公邸において開かれたとされています。

この植村氏が何者であるかというのは、前年シアヌーク首相(当時)が国賓として訪日した際に撮影された写真からわかります。植村甲午郎氏は経団連創設時の事務局長で、当時副会長でした。写真は国賓として訪日中のシアヌーク首相一行を、東京で歓待している様子です。日本では官民連携して、財界もこの計画に期待していたことが窺えます。

1955年12月6日、築地の新喜楽での植村氏主催晩餐会。
1955年12月6日、築地の新喜楽での植村氏主催晩餐会。

以下はキリロム高原都市の調査団関連の写真です。

現地での調査団のキャンプの様子
高原都市計画図
プノンペンにて、岩田団長以下、調査団の記念写真。民間主導と言いながらも、建設省や経済企画庁からも参加している。
展望台周辺の木を切っている

当ブログは「にほんブログ村」のランキングに参加中です。1日1回のクリックにご協力ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?