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小泉悠『ロシア点描』

 今から約10年前にロシアを滞在した著者の経験や知見に基づくロシア・エッセイ(?)。学問的な業績は他の著作を見れば明らかですが、今回はそれだけではないロシアの人びとの生活実態をレポートしてくれています。

 ロシア人とは何者であるのかを理解する上で、やはり歴史は外せないように思えます。モンゴル帝国をはじめとする強国の圧力に絶えず晒されてきた環境を思えば、ソ連崩壊後も西側諸国の「自由民主主義」秩序に容易に同調しない彼らの自尊心の内側を窺えるように感じます。第二次世界大戦後、実に容易く米国など連合国に軍事的にはともかく内面的にも恭順してしまった現代日本人の身軽さと照らし合わせてみると、やはり両者の背負う歴史の質に違いが見えてきそうです。

 ロシア人の生活スタイルや価値観には個人的に非常に好感が持てました。減点主義ではなく60点でも合格ならよしとするロシア流合理主義、基本的に他人を信用しないが「保護」すべき弱者には気安く絡むパターナリズム、強いリーダーシップを求めるが唯々諾々とお上に従うわけでもない根っからの反抗気質など、文章からこれでもかとたくましさを醸し出しています。家庭や職場に一人でもいたら頼もしい人なのではないでしょうか。ただし実際に付き合うとなると面倒くさそうではあります。もちろん、何事も人付き合いは面倒くさいわけですが。

 そしてプーチンの統制も徐々に厳しくなっているみたいです。当初は放置気味だったインターネットも2010年代からは政権崩壊の引き金になりかねないことを察知して(アラブの春)規制を強くします。ましてや今はウクライナとの戦争中ですから(プーチンに言わせれば「特別軍事作戦」ですが)ロシアの暮らしはなかなか大変なのではと憂慮します。しかしもともとロシア人には日本人ほど「平時と有事」の区別が厳格ではなく、多少のトラブルにも動じない気質というか胆力があります。ここはそのたくましさに期待しましょう。

 プーチンも歳だから引退すれば?という単純な話でもないようで、現場を退いた途端に地位も権威も失うことになりかねないという恐れがあるようです。(隣国カザフスタンでそうした出来事があった)また、何よりプーチンの庇護下で甘い汁を吸ってきた側近たちも自分たちの悪事が白日の下に晒されるので絶対に消えてほしくないでしょう。意地であれ成り行きであれ、プーチンは死ぬまで権力を手放さないように感じます。

 気になるのは中国や北朝鮮のように後継者争いは起きないのかという点です。できればプーチン体制が存続しているうちに次代のロシアを担う指導者が育ってほしいのですが。最悪なのは体制が崩壊するだけで無秩序、内戦状態になることですよね。まあ、北方領土を奪還できるチャンスではあるので、弱体化してもらうに越したことはないのですが、さすがにロシアの庶民がかわいそうです。ウクライナ侵攻というタブーを犯した以上、誰も犠牲にならずに事態を収拾するのは不可能ですよね。できれば愛国者を自認するならプーチンが率先して犠牲になっていただきたい。(命を取るという意味ではなく大統領を辞めるなりして責任をとって講和してという話です)

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