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デスノートと殺人の正当化

 少し前までジャンプ+で漫画『デスノート』の序盤が期間限定で無料公開していたため、連載当時のおぼろげな記憶を頼りに読んでみましたが、大変面白かったです。
 いきなり本題ですが、夜神月(ライト)が明らかな犯罪者以外にも手を下すようになったところが彼の価値観が歪む分水嶺だったかと思います。そもそも現代社会では、民間人が殺人を含む制裁行為を他者に実行する権限はありません。暴力は警察や軍隊という国家の公的機関が独占しており、かつ独占しなければならないということになっています。しかしこの種の公的な暴力装置にしても、極端な独裁国家でもない限り、個人の意思一つで自由自在に動かせるほど容易な道具ではありません。いや、仮に独裁者でも暴力を行使する標的(反乱者や敵対国家)の動向に注意しなければならない。ですがデスノートは個人がダイレクトに特定人物を抹殺できるので、精神的な葛藤を除けばなんの労力もかからないに等しい優秀な殺人兵器です。
 デスノートを保有する作中の死神界は、私たちが想像する「あの世」とは異質の異世界であり、人間界を倫理的に裁くためではなく、住民である死神たちが寿命を引き延ばすためにそこら辺の人間を適当に選んでノートで殺しています。その行為すら真面目にやると「何頑張っちゃってるの?」と嘲笑われるとか。リュークも(別の文脈で)嘆いていましたが、死神界も見方によってはかなり堕落しています。ライトの父が言ったとおり、真に「悪いのは人を殺せる能力」ということになるかもしれません。
 ライトは自分の殺人行為を新世界の神の使命として正当化しました。ニアによれば世界の犯罪は7割減り、戦争が止められたケースもあったとのこと。仮にこのキラ正当化の価値観に則るとしても、シブタクやテイラーのような神の「うっかりミス」による意図せぬ殺人は非難すべきもののように思えますが、平和のための尊い犠牲として脳内処理できそうです。ミサの惚れた経緯を見るに、恐らくライトが「法で裁けぬ悪」に注力して抹殺していけば、義賊的存在として、作中以上に崇拝されていたかもしれないですね。あるいは、バットマンのように、合法的な域では捜査できない犯罪解決の手がかりをつかむ手段として利用するとか(関係者に自白させた上で法に則り(ほぼ死刑確定の人間に限り行使)処罰される、とノートに書いていれば・・・??)。デスノート一つで世界の全てを支配できると早とちりしたのがライトの破滅の始まりかもしれない。最終兵器の「必要悪」としてデスノートを保有し世界に暗躍するライトがいたとすれば、それは泥棒や詐欺師と手を組み、必要なら死刑囚を実験に使うLとほぼ変わらないような気がします。
 でも人間って安きに流れがちなので、そんな「慎重な」使い方を心がけても結局デスノートを乱用しまくりそうなんですが。そうなるとやはり核兵器のように組織的に保持するしかなく、これはまたライトの犯罪と別の観点から凶悪な組織犯罪を生みそうです。私は大人なので(キラの人物像をめぐるライトの推理シーンを参照)デスノートがあれば嫌いな人、迷惑な人の名前を私利私欲で書いてしまいそうですが、やっぱり後悔しそうで、後悔しない人間はライトみたいに暴走するわけで、やっぱりこんな特級呪物が実在してはいけない(戒め)。死の重みは、それが今も昔も極めて困難であることに由来するところが大きいですよね。


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