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ARMYから見たARMY

水たまり歴3年半、沼歴半年のARMY
わたしがBTSを知ったのは高校3年生になってすぐ。文化祭の有志のステージでKPOPメドレーを踊ろうと誘われ、軽い気持ちで承諾した。そして、当時第3韓流ブームと言われる時代に足を踏み入れたのだった。TWICE、BTS、Black Pinkなど今やKPOPを語るに外せない面々を知り、華やかさとキレ、耳に付いて離れない独特な音楽性に魅せられた。しかし「沼にはまる」という表現をオマージュするなら、「水たまりで遊ぶ」程度。MVがあるタイトル曲を聞いて満足だった。大学生になっても、特定のグループを推すわけでもなく、付かず離れずにわかKPOPファンを続けていた。
ところがある時、例によって水たまりをぺちぺちしていると、突如BTSの底なし沼にはまった。それから世界の見え方が変わったと言っても過言ではない。BTSは大きな衝撃としてわたしの人生にめり込んできた最初で最後の弾丸であった。それは、ただ熱狂的なファンになったということではない。それは、新たな感情を知ることであり、社会問題に目を向けることであり、自分を見つめることであった。

ARMYという存在
BTSのファンダムのことをARMY(アーミー)ということは前々から知っていた。しかし、いざ自分もARMYの仲間入りを果たすと、驚くことばかりであった。BTSとARMYは常に三位一体。その影響力はBTS本人たちにも引けを取らないと感じるほど、大きな力であり、かつ幸せな力なのであった。
わたしが沼に入ったきっかけがARMYの作ったYouTube動画だった。メンバーの名前と顔と特徴を一致させてくれた動画。バラエティー番組やインタビューを日本語訳してくれた動画。おすすめの場面をまとめてくれた動画。そんな様々な動画を見て、BTSメンバーの人となりを好きになってしまったのだ。もう抜けられない。元動画を探し、SNSをあさり、曲を覚え、歴史を学び……自分がこんなにヲタク気質だったとは。BTSはデビュー前からSNSやYouTube、配信などを利用したプロモーションをしているため動画の素材が多い。ファンの数も桁違いに多い。母数がそれだけ大きいと、高度なスキルとセンスを持ち合わせた人によるいい動画が必然的に多く出回ることになる。ARMYが何よりの広告代理となって新たなARMYを生み出している。それを、自分の利益のためでもBTSへの奉仕のためでもなく、単純に好きすぎる想いを形に残して共有したいだけのように見えるところがなんとも愛おしく誠実で清々しい。
ファンダムにはいろんな意味で「共有」という性質がある。あらゆる情報、感情を共有する・されることにアイデンティティを持つ。ARMYの場合、社会運動においてこの共有という力が遺憾なく発揮されている。BTSは一国のアイドルとは思えないほど世界の社会問題に目を向け、時には痛烈に意見している。その意思をARMYも確と受け取っている。環境保全、教育、動物保護、医療、人権など多様な問題に関心のあるメンバーがそれぞれ寄付をすると、世界中のARMYも驚くほどの額を集めて寄付をする。RM、ジョングクの誕生日には自然保護の想いを込めてARMYが植樹した森が送られている。メンバーの善意は称賛され尊敬されるものとして、ARMYのそれは何なのだろうか。好きなアイドルがやっているからと簡単に真似できることだろうか。まして自己満足なんてもので片付けられるものだろうか。

Love yourself, Love myself
ユニセフとのキャンペーンで始まった「Love myself」は、自分を愛そう、という全ての人間へ向けられた根本的かつ最も難しい命題であった。この意味についてきっと一人ひとりのARMYが考えた。そしてこの言葉にきっと多くの人が救われたはずだ。自分を愛していいと教えてくれた。BTSはよくARMYに幸せになってほしいと言う。だからまず、素直にBTSが好きな自分を好きになることから始めてみる。自分のペースで推せばいい。自分が幸せならそれでいい。簡単にできることではないが、BTSは自分の大切さに気付くまでありったけの愛を与え続けてくれる。愛している人が愛している人も愛したくなる。みんな幸せであってほしいという気持ちになる。自己中心が人類愛になる。
いろんな人がいるからすべてがこんな素敵なことばかりではないが、それもそれでいいと思う。ARMYの中にいると、みんな同じものを好き同士なので、居心地の良い家にいるような気分で、それが全世界だと錯覚することがたまにある。しかし、人同士なので当たり前だが、対立することもある。ARMYというファンダムに属する個々がもしLove myselfの共有―その価値観への「従属」―によって個々としての「独立」を尊重するなら、非常に強い絆で結ばれているという事実と、確かに秩序はあるのだが、意外とBTSという接点しかない単なる他人同士であるという現実が共存している。改めて不思議な関係性だなと思う。
時は第4韓流ブーム。一時性のものというよりもう人口に膾炙した音楽ジャンルであるが、まだまだ奥深く、わたしはまだまだ沼の深さを知りたい。ファンは一線を超えると評論家になる。耳が痛い。わたしはただただBTSが大好きな大学生でいたいのに。とにかく、あれこれ考えずにこれからも自分のペースで追っていきたいと思う。夢はコンサートでジン氏のソンキスを喰らってキュン死すること! 


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