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不定期更新小説「パンイチ宰相」3

 パンイチの宰相さんは、家の中でもパンイチだった。
 そしてパンツの柄は、縦縞が多いようだ。それも爽やかな水色系で、並べたらグラデーションで綺麗だろうなと思うほど。
 バリエーションが豊富らしい。そこはこだわるタイプと見た。
 好みはトランクス型。ブリーフ型やボクサー型のピッタリタイプではないらしい。
 おかげでエメルは股間のもっこりに、気を取られることはないけれど、パンツの柄の色が毎日違うので、楽しみになってくるというか、気になる対象にはなってしまう。
 どうしても。
 ただ、これは自分のせいではない。
 だから責めないで欲しい。その人がパンイチなのが悪いのだ。
 当の宰相様はエメルの不躾な視線を見ても、何も感じないらしく、あの日通りの対応だった。
 すごく親切にしてくれる。ず太いエメルも少しくらいは、悪いなーと思ってしまうくらいに。
 だから、人間の国に居た時のように、使用人的なスキルを駆使し、家のお手伝いなどをやってみようと考えた。人間の国の庶民の中では、使用人の身分からの玉の輿の物語が、ものすごく人気だったから、あやかろう、ではないけれど。
 いや。
 エメルの目標は、楽しい人生を送ることなので、別に玉の輿には乗らなくてもいいのだけれど、良くして貰っているしお手伝いくらいしようかなぁと。
 バケツや雑巾や箒やハタキ。探してみたけど、それらが見つからない。
 どうも、一番簡単な掃き掃除というものですら、彼らは魔法でチャチャッとやってしまうらしい。
 手仕事何それ状態。久しぶりに己の無力を感じた日々だ。
 宰相様のお屋敷の使用人様は皆綺麗で、それにも気後れするような気になった。初日の外務大臣さんではないが、そんな人たちが毎朝綺麗に自分のことを飾ってくれる。
 身長も高めで、基本が人の国の女優さん。囲まれる圧も凄いのだけど、その中に「ちんまり」と座った自分は、ものすごい異色というか、お子様感が半端なかった。
 こんなのをお嫁に貰わなきゃいけない彼らを思うと、幼女趣味認定されそうだな、と。いらぬ心配を抱いてしまうくらいには、次第に申し訳ないような気持ちも大きくなってくる。
 誰のお嫁に行ったなら、一番波風が立たないだろうか。
 別にお嫁に行った風を装って、一生お客様扱いをされたとしても、エメルは全く困らないのだけれども……それじゃ本当のお嫁さんがあまりに可哀想じゃないか? と。
 だとすれば……だとするのなら、王様が一番楽なのだろうか。あれは人の国でもよく嫁を欲する類のもの。一人増えるくらいならちっとも困らないのでは。男性向けのお話はハーレムが基本であるし、取り敢えずたくさん居ても困らないだろう、というのが、ものを知らないエメルの認識だった。
 男性機能が低下した後のハーレムの怖さというのを、エメルに一度読ませてみたいところだが、ほうほうなるほどという感想しか零れてこなそうなので、天の声の気持ちは封印しておく。
 話を戻して、そういう訳なので、お世話をしてくれる使用人の美人さん方に、「王様のお嫁さんは最終的に何人ですか?」と、めちゃくちゃ軽く聞いてみた。

「この国は一夫一妻制でありますので、王といえど妻を二人娶ることはできません」

 目から大きな鱗が零れた。
 零れたというより剥がれた感じだ。
 エメルは大いに狼狽えて、「え、う、うそですよね……?」と聞いていく。

「いいえ。大昔、このような制度が無かった時代、オス同士の戦いが頻発しておりまして、大地がひどく荒廃してしまいました。最近、エメル様のお国の方にもご迷惑をお掛けした通り、竜人のオス同士の戦いは大陸を破壊するほど激しいものでございます」

 見てはいなかったけど、確かに山が一つ消え、後日、竜体の皆様がお山を形成していたところを、確かにエメルは見てたのだ。

「これでは他の種族を脅かしてしまうということで、当時の王様の発令で、以来、我が国では一夫一妻制を採用するようになりました。不貞は大罪です。どうぞエメル様もお気をつけ下さいませ」

 呆然としたエメルだった。
 やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
 固まった彼女を見ると、使用人の美人さんたちは、何を思ったのか「恐れずとも大丈夫ですよ」と。

「エメル様が国母になっても誰も反発できません。そもそも、リーゼル様から説明があったと思われますが、お山を破壊した者達は我が国でタブーとされる色恋沙汰の末の犯行。まだ不貞ではない為に罪は軽くなりますが、二人はエーデルベルト様の再従兄弟(はとこ)に当たり、ノーラ様の甥に当たり、サリエル様の部下であり、ソーマ様の部下なのです。喧嘩を助長した女狐はアルバーダイン様の妹様に当たります」

 全員が関係者、全員が贖罪をする立場に当たる人物です。遠慮など無用です。誰でも好きな者をお選びください。
 聞いたエメルが黙り込むほど、宰相さんちの使用人様は、彼女に強固な姿勢を見せた。それではまるで罰ゲーム……と真っ先に思ってしまったが、確かに自分を娶るのは罰ゲームだな……と思ったところで、そこに遠慮を思うことなどないのだな、と線引きをする。
 王家に生まれるということは、国の駒になるということである訳で、蝶よ花よとは育てられていないエメルだからこそ、よりクリアに現実が見えるもの。
 そっかー、私、遠慮しなくていいんだなぁ、と。最初のデートの相手のことを考えることにした。


 トップバッターは宰相様が決めた通り、この国の若き王様、エーデルベルト様になる。黒髪の美男子。肉体も引き締まっていて細い風。王冠はキラキラ。ふさふさのマントが懐かしい。
 威厳もたっぷりだ。自分の父親よりカリスマがある。人間の国のお妃様も自分の夫がこういう人ならば、不貞を働こうなんて考えもしなかったんじゃないかと思う。
 父ちゃんかわいそう。少し、思った。
 人の国なら引く手数多で、人的障害物も多そうな人だけど、さて、この国の王様の人気はどれほどのものだろう。
 もしかして、王様取らないでー! 的な、美女の襲撃があるかもしれない。そういう竜人同士の色恋沙汰も……ちょっと見てみたいエメルであった。
 自分の場合は不貞にはならないですよね? その場合は相手の女性もそんなに悪者にはならないですよね? と。熱心に使用人美女軍団にお伺いを立てたエメルである。
 一様に変な顔をされてしまうが、そういう修羅場的状況を心配してのこと……だとは、思ってくれたのかもしれない。いや、思ってなかったかもしれないけれど、この子、変なことを心配してるんだなぁ、純粋人族って不思議、くらいのものか。
 だから決められた指定の日、若干のワクワクと物見遊山な気持ちでデートに赴いたエメルである。

「おはようエメル。今日はよろしく」

 初めて会った時も愛らしいと思っていたが、今日も可愛いな、と自然とその人は口にした。
 あまりの自然さに、エメルが呆けてしまうくらい。
 それくらい、板についた……というか、本当に自然な対応だった。竜人はレベル高いな、と。人族なら本心からじゃないと、そういう話もそういう顔もできないはずだぞ、と。
 ふと、指定の場所までついてきてくれていた、パンイチの宰相様を振り向いて確認したほどだ。
 品の良い、高級そうなレストラン……のようなカフェに居て、安定のパンイチを誇っていたその人だ。何となくほっとしたエメルは、お礼を言って席につく。

「エーデルベルト、分かっているな?」

 脅しの威力は抜群だった。
 ビクッと肩が震えた王様だったけど、そちらは貼り付けた笑顔でいなしたようだ。
 そうしてパンイチの宰相さんは帰って行った。約束の時間になったらまた迎えに来てくれるらしい。

「宰相様は忙しいんですねぇ」

 と、何気なく零したエメルを見ると、王様は素敵な笑顔で「仕事ができる奴だからな」と。それに、あれでも気を遣ってくれているんだ。あぁ見えてあいつは良い奴なんだよ、と。
 おや? と思ったエメルは俄然王様に興味がわいた。
 まずは美味しいお茶を飲み、美味しいデザートを頂いて。デートといえば湖散策だろう? と、謎の持論を展開してくるその人に付き合った。
 純情か。
 思ったエメルは、王様がかなり良い奴だったので、一生、秘めておくことにしたようだ。

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