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今夜バシッと実感させて!

今年2月23日、川本真琴のソニー時代の全楽曲がサブスクで聴けるようになった。2022年は彼女のデビュー25周年だそうだ。川本が歌詞を書き、岡村靖幸が作曲した「愛の才能」(1997)は当時からとても好きな曲で、8cmの短冊CDを買った記憶がある。配信でも聴いてみたが、初めて耳にしたときに感じたなまめかしさ、性急さがよみがえって、いい曲だなと感心してしまった。「成長しないって約束じゃん」で始まる歌詞もユニークだし、楽曲の乾いたファンク感もあいまって、全編にみなぎるおもしろさがあるのだが、わけても「今夜バシッと実感させて!」のフレーズは印象的で、かつての私を大いに悩ませたものだった。

胸の複雑 壊してく刹那
ズキ・指・先・痛い
いつか遠くで 知らない大人になる
そんなアリガチ嫌だよ
今夜バシッと 実感させて!
「愛の才能」作詞:川本真琴

川本の歌う「今夜バシッと実感させて!」の歌詞を聴いた当時の私は、これを自分自身の問題としてとらえた。彼女から何かを鋭くつきつけられたような気がしたのである。実感、したいですよねと私は思った。そりゃそうですよ。「愛の才能」はラブソングなのだし、刺激的な恋愛を経験したい、「バシッと実感したい」と思うのは当然の心情である。相手に対して「いま、まさに恋愛してる!」と納得してもらう必要があるのだ。いわばこの曲は、川本からの「キメるところはしっかりキメてくれ」というメッセージである。おっしゃる通りだと、当時の私は心から同意した。歌詞を通じて「あなたは男性として、相手に実感を(バシッと強く)与えることができますか?」と訊かれているような気がしたのだ。こいつは重い問いである。いったい私は、誰かに実感させることができるだろうかと自問自答した。そして長い煩悶の末、こう結論づけた。

「実感、させられないナァ~」

自分にはその能力がないと、私はうすうす気づいていた。何らかの手ごたえを感じたいと期待している相手に、期待通りの精神的満足をもたらすことができそうにないと、当時「愛の才能」を聴きながら悟ったのである。私はどうにも、その手の情熱や荒々しさを持ち合わせていないのだ。こればかりはあきらめるしかなかった。一方、周囲にいる知人男性を観察すると、見るからに「ああ、この人は普段からメッチャ実感させてるんだろうな……」と思うようなたくましい人もいて、どうすればそのような芸当が身につくのかと悩んだものだが、いうなれば天性の資質であって、努力でどうにかなるものではなかった。私は、自分ではいかんともしがたい「実感させ力」のなさに失望するしかなかったのである。

あっ、私は「愛の才能」がマジでない。川本の歌詞を通じて、その事実を1997年に悟ったのだった。実際はしばらく悪あがきをして、いつか才能が芽生えてくるかもしれないとか、私は比較的遅咲きだからとか、そんな言い訳でごまかしていた時期もあったが、愛の才能を開花させるにはほんらいのポテンシャルが低すぎた。その代わりに神が私に与えてくれたのは、「あたりさわりのないトークで雰囲気をなごませて、一定時間その場をつなぐ」という地味な才能だった。いわば「つなぎの才能」である。場をつなぐのはわりと得意なんです私。実生活でこっちが役に立つ状況は比較的多いので、それなりに感謝はしているのだが、できれば私も「愛の才能」がほしかった。一度誰かに「バシッと実感させて」みたかったのである。愛の才能ないの!

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