見出し画像

日本で希少な医療×因果推論のエキスパートがキャンサースキャンで顧問をする理由──

「人と社会を健康に」をミッションに掲げ、全国の自治体とともに予防医療事業に取り組むキャンサースキャン。その手法には、よりエビデンスレベルの高い精緻な結果を導くことが求められます。難度の高い施策の実行を、医療×因果推論の領域から顧問として支援している井上浩輔先生に、キャンサースキャンと関わる理由についてお話を伺いました。

プロフィール

井上 浩輔(Kosuke Inoue) 京都大学大学院医学研究科 社会疫学 助教

2013年東大医学部卒。国立国際医療研究センター、横浜労災病院の勤務を経て、21年UCLA公衆衛生大学院(疫学)博士課程修了。同年より大学院医学系研究科 社会疫学分野 助教。医学部付属病院 糖尿病・内分泌・栄養内科で診療にも従事。伊藤病院(甲状腺疾患専門病院)疫学顧問。2020年NIH/NIDDKF99/K00 Award受賞、2021年L-Insightフェロー。2017-2021筆頭論文30本。主な研究テーマは、因果推論の手法を用いた、臨床医学における因果メカニズムの解明と、社会背景因子によるその異質性評価。
http://labusers.net/~kinoue/

***

はじめに、井上先生のご専門について伺えますか。

私の専門は、人の集団における病気の頻度やリスクを考察する「因果推論」です。広義では公衆衛生学に位置づけられる疫学方法論の一つです。今年のノーベル経済学賞受賞者も、実は因果推論の分野に広く貢献した3名でした。ここ数年で盛り上がっている分野といえます。

医療の世界には、治療方針を定めたガイドラインがあります。ただ、一辺倒のガイドラインに沿った医療の提供が本当に正しいのか?私はそこに疑問を持ち、研究を通して答えようとしています。なかでも、最近は効果の「異質性」に着目しています。何らかの医学的介入による効果は人それぞれです。今までは単純化して「全体に効果があった」と言っていました。しかし、本当は誰に効果があって、誰になかったのか。どの集団にこの介入をすべきなのかまで分かるようにする必要があると考えています。

因果推論は医学を専門にされる方にとっては、馴染みのある分野なのでしょうか。

公衆衛生学の授業は医学部レベルでもありますが、因果推論まで特化した教育はまだあまり行われていません。具体的なデータを用いて、健康を改善するための社会的な介入や治療の効果を評価したり、疾患の原因を検索し、その関係を紐解いていく学問です。

そのような最先端の分野に興味を持たれたきっかけは何ですか。

私も医学生だった頃はそういった分野があることも知りませんでした。ただ、日常的に行われる医療に対して、さまざまな疑問は抱いていました。特に臨床の現場に出てからは、「この人はその治療を求めていたのか?」「本当に効果のある治療は何なのか?」といった問を考える日々でした。その答えを見つけるには、論文を読んで、研究して、自分でも論文を書いていかないといけない。しかしそのような疫学の知識や経験を持ち合わせていなかったため、トレーニングを積むために米国の大学院へ留学を決めました。

そして留学中の授業で一目ぼれしたのが因果推論でした。因果推論は数学や統計学も扱う分野なのですが、その点でも自分と親和性が高かったのだと思います。当時から比較的ホットな領域になってきてもおり、自分の医療に対する疑問の答えを出すためにも必要だと感じたので、博士課程の間に理解を深めました。

一般的な医師のイメージは、患者と向き合う臨床医学だと思います。なぜ井上先生は、社会全体という広い対象を扱う公衆衛生学、その中の因果推論に着目したのでしょうか。

画像1

私の周りには、臨床医のエキスパートが多数いました。彼ら彼女らを見たときに、臨床医学のみの勝負では敵わないと、正直に思いました。より自分の価値を発揮できる場所が他にないかを考えたとき、臨床医学の専門性をベースに因果推論と融合させられれば、これまでになかった新しい価値を提供できるのではないかと考えつきました。

つまり、両刀使いが自分の強みだと思います。因果推論も臨床医学も、それぞれ専門としている人は多いです。一方で、それぞれの分野が進歩を続けるなか、両者のギャップも広がっています。私はその両者をつないでいく役目を負っていると思っています。各領域のトップランナーとコミュニケーションを取れるからこそ、架け橋になれるのではないかと。

今では井上先生がその道の第一人者となっていますね。他にも研究をされている方は増えているのでしょうか。

ここ数年の間に因果推論への関心や取り組みは国内でも増えていますが、留学などを経て学問として専攻し、博士号を取得している人になるとまだ一握りです。もっとこの分野で専門性を発揮する研究者が増えるように、道標のような存在になりたいと思っています。

キャンサースキャンとは、どのように関わっていますか。

キャンサースキャンでは、市区町村の予防医療支援事業として、住民に健診・検診通知などのダイレクトメール(DM)を郵送しています。DMの効果を明らかにするために、より分析の精度を高める因果推論を用いていますが、そこで外部アドバイザーとして関わっています。

大学での研究でもお忙しいと思いますが、民間企業と関わる意義は何でしょうか。

キャンサースキャンをはじめ民間企業は、社会に実装する立場なんです。研究ではなく、あくまで医療の現場に即して取り組んでいく経験は私にとっても重要です。

研究でデータを示すことだけでなく、直接関わっている集団に効果をもたらせることも同じように大切です。ナショナルデータは欠かせないものですが、現場と感覚が離れていることも多い。ビッグデータを扱いながらも、現場とも繋がっていることが研究・事業の価値を高めると考えています。

そもそもキャンサースキャンと関わるきっかけは。

画像2

私は新型コロナウイルスの感染が拡大してから日本に戻ってきました。その後、京都大学の福間真悟先生と一緒に研究に取り組んでいきましたが、福間先生は当時からキャンサースキャンと連携していたんです。そこで紹介を受けました。

研究においてはいくらデータを集めることに成功しても、正しい方法論で分析を実施しないと解釈を誤ってしまいます。私の専門性や経験がキャンサースキャンの手掛ける事業に不可欠な視点だと感じたことで、アドバイザーの依頼を受けました。

ご自身の研究だけでもお忙しいと思います。それでも、キャンサースキャンに関わる理由は何ですか。

一番は、“学問に近い事業者”であるからでしょうか。民間企業の中には、事業を優先しアカデミアが手段になってしまうことがよくあります。ヘルスケアの領域でもエビデンスレベルの低い事業者も多いです。キャンサースキャンは社会に実装する立場から、よりエビデンスの高いものを目指そうとしている姿勢があり、私のような学術チームとしても貢献しやすいです。

そのように「学術に根付いているか、向き合っているか?」が一番だと考えています。

ありがとうございます。最後にキャンサースキャンと今後どのような取り組みを実施していきたいかを伺えますか。

医療における研究の意識、対象はより広くなっており、教育や格差、独居などの生活環境がどう人の健康に関連があるのかということまで扱います。そして、そうした研究内容は一病院や一事業のみならず、世界の治療ガイドライン・政策決定にまで影響を及ぼします。キャンサースキャンとの取り組みもそう考えると今はまだ小さな範囲で、効果検証のための枠組みづくりの段階ですが、今後は医療のあり方を変える新しい展開につなげていきたいと考えております。

(執筆・構成/小林友紀)

キャンサースキャンでは、ともにミッションを達成する仲間を募集しています!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?