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冷えますね、こんばんは。

夕方の帰り道、パチンコ屋の前を通りがかったら、店の前に両手を胸のあたりで揉み手をするかのように擦っている50代とおぼしき男がいました。

男の視線は前方のすこし上、つまりは夜空に向いていました。
手元をよくよく見るとどちらの人差し指も夜空へ向け、ピンと伸びていました。
すぐに空に向かってお祈りをしているんだな。と思い、そしてきっとその人差し指の先には月があるなと思ったんです。

その先に月があるのかどうかもすぐに確認したいですし、男を見て一体何をしているのか、もっと情報を得たいんだ。
とも思いまして、敏捷に月をクルンリと確認しました。

ぼくの予想通り、ペアになった男の人差し指の先には細めの月がポってりと輝いておりました。

足を止めることも出来ませんから、じっくり観察することは出来なかったのですが、男はまるで月を狙撃するかのように片目をつぶり、何度か人差し指をヒョイヒョイとあげていました。
男の中で、きっといくつかの弾丸がおよそ38万キロ彼方の三日月の方へ発射された様でした。

それから、パチンコ屋を通り過ぎ、男とぼくの距離が80m程に離れた辺りで、男に気が付かれないように男を確認しました。

男はまだ揉み手を続けていて、なんだか月にお祈りを捧げているようでもありました。

ぼくが気になったのは、その男がこれからパチンコ屋に入るのか、パチンコ屋から出てきたところなのかという点です。

もし前者であるのなら、パチンコを打つ前の彼のルーティンかも知れません。

パチンコをする前に必ず月に祈りを捧げ、豊穣の銀玉を願っているのかも知れません。

後者であるのなら、先刻大当たりを決め、銀玉の山を現金に交換し、月への感謝を込めて祈りを捧げていたのかも知れません。

いずれにしろ奇妙なことに変わりはなく、夕方でしたから、通行人はそこそこ居ました。
行き交う人々は誰も月を狙撃するような男に目もくれず、家やレストランへ向かい歩いていました。

こんな風に風変わりな習慣や格好を目の当たりにするとやはり気になって仕方がありません。

そういえば、以前電車に乗って帰宅途中、次の駅で降車しようと座席から立ち上がり、扉の前へ移動しようとすると、右側であるぼくが降りようとする扉の反対側に細いうさぎの耳をピンと立てたカチューシャをした淑女がドアを背に立ち、反対側の窓をぼんやりと眺めているのを視界の端に認めたのです。

今どきですと、ほとんどの人がスマートフォンを見ているものですから、その細耳バニーの女性は遠くを見ているようでちょっと目立ちました。

ハッとしたぼくは、どうしても姿を確認したかったのですが、それも失礼な気がして、苦虫を噛み潰しながら細耳バニーカチューシャ淑女の存在を黙殺し、扉の前の吊革につかまり、駅に到着するのを待ちました。

それでもやはり気になり、窓の反射を利用して一体電車で細耳バニーカチューシャ淑女が何者なのか確認しようかと試み、そっとそちらへ目をやると、バンチリと彼女と目が合ってしまったのです。



うさぎというのはどこか神秘的で、(どんな動物も神秘的な要素は持ち合わせてはおりますが)
例えば、映画『ハーヴェイ 』で、ジェームス・スチュアートが演じる変わり者の男性にはハーヴェイという名の、彼にだけ見える大きなうさぎが居て、ジミーは劇中いつもその架空のうさぎと交流する様が描かれています。

『 ドニー・ダーコ』でも、ジェイク・ギレンホールが深夜に
見てしまうのもうさぎでした。

ヘミングウェイも、うさぎの足の骨をお守りとして持ち歩いていたそうですし、、、(関係ないないな、あはは)

そういう記憶があって、細耳バニーカチューシャ淑女うを目の当たりにした時、ぼくはなにか神秘的なものを感じ取ったのでしょうか。


その彼女と目が合い、咄嗟に目を逸らしたぼくは目的の駅で降車し、階段を降りる瞬間に最後の一瞥を細耳バニーカチューシャ淑女の方へ向けたのですが、彼女は先刻と同じように反対側の窓の方、ずっと遠くを見つめていました。

ああ、もしかして電車で月に帰ろうとしている?

と思い、ぼくはなんとなく合点が行き、スタンスタンと階段を降り、夜のスーパーマーケットへ夕飯の惣菜を求め歩き出したのでした。

それでは、また。
架空でした。