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日記|20240401〜0408

4月1日
私でもわかる。春が来た!

4月2日〜5日
やってしまった。日記の存在を忘れていた。相変わらず、頭の中の独り言はうるさくて、音楽を聴いたり、読書をして無理やり黙らせている。
散歩しながら考えていることは、だいたいネガティブなことである。ときたま、訪れる自然の美しさによって余儀なく思案は中断され、「あぁ、自分は今自分の頭の中に生きていたな。」と反省する。
世界は広いようでいて狭いのではないか。
というのが、今の私の持論である。概念的にも、物理的にも。
例えば、何か考え事をしながら歩いていると、一気に世界は脳みそサイズになる。スーパーボール程の小さな考え事をコロコロと転がし、投げたり、蹴ったりしてみる。もちろん、一つだけではない。赤、青、黄色、小さかったり、大きかったり。多種多様なスーパーボールを頭の中に携えている。我に帰るように、はたと目を上に向けると、あまりにも大きく美しい空に、頭の中のスーパーボールがさっと姿を消す。
この繰り返しである。
例えば悩みがあったとして、部屋に引き篭もるのはあまりおすすめしない。自分の生きている世界が自部屋と同じ広さになるような感覚で、相対的に悩みが大きくなってしまうからだ。ちょっとだけ勇気を出して外へ出る。空の大きさを体感して、空気を吸ったり、草木に目をやったり、なんとなく自然と一体化してみる。そうすることで、先ほどまで頭の中に散乱していた悩みが、どこか遠くへ行く。これを繰り返す。
正直いって、悩みや不安は消えないものだと思う。それらをいかに流すか、存在感を消すか、ぼやかすか。対処療法的に向き合っていくしかない気がする。つらいのも、尊いのも、全部今だけだ!と思いながら、空を見上げていた今日この頃。

4月6日
心がわからないから、心を理解したいと思い、夏目漱石の「こころ」を読み始めた。半分くらい読んで、過去に読んだことを思い出した。

4月7日
才能が開花するタイミングを、早咲き・遅咲きと分類される。
他者が求めているタイミングによって、求められている才能が変化する。10年前は、まだ必要とされていなかった才能が、10年後にはなくてはならない営みを生み出す才能やアイディアになっていたりする。
どちらがよいという話ではなく、すべてはタイミングという話。逆説的にいうと、自分の才能やセンスみたいなものは、専門性や一貫性が重要であるように見えて、実際は常に移ろいだり変化し続けることが、機運を高める秘訣なんじゃないだろうか。

4月8日
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
いつだって美しいのは、過去だ。
今ここ現在を美しいと思える感受性をもっと大切に育てていきたい。

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