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人と動物

ハトにエサやり禁止が徹底した社会になったので、今は見かけないが昔は公園でハトにエサを撒いているおじさんがよくいたものだった。食パンを千切ったものだったり、わざわざ購入したらしい鳩用餌だったり。

人がなぜハトにエサをやるのか、以前読書感想文でこんな記事を書いた。

家禽の歴史として、高床式住宅の床下に溢れた食べカスを啄みに来た野鶏を餌付けするようになったという。
人は動物に餌をやっている時、幸福を感じる。食べることは健康の証。その生命力に惹かれるのだろうか。その生命を自分が与えているという優越感。

人は、動物がエサを食べているところを見るのが好きだ。動物園や水族館では、よく餌やりタイムテーブルを公開して観客に見せたりする。
(イルカショーの合間に食している餌だけは見てはいけないもののような気がしてたりする)

野生動物を餌付けして、自分の所有物にしたあとどうなるか?
先程の本によると、餌付けされた野鶏は肉や卵を取るためではなく、もちろん友達としてでもなく、闘鶏として飼われ始める。

人は所有した生き物を闘わせるのが好きだ。カブトムシ、蜘蛛、小鳥の歌声から闘牛まで。ポケモンも?
鳩は鳩レースに。
直接肉弾戦でなくても、各種コンテストなども闘いだ。

今日の話には着地点がない。
文学フリマで購入した「鳩のおとむらい」という本に、エサやりおじさんの話が出てきたのでツラツラ書いてみた。



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