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トラッキングデータを気にする選手に最初に伝えたい内容 〜四国アイランドリーグplusデータレポート(8月28日週号)


四国4球団主催試合でのトラッキングデータのトライアルを実施

7月上旬に高知でトラッキングデータ取得のトライアルをしたことは以前書きましたが、その後、8月に四国4球団主催試合(練習試合も含む)の計6試合でRapsodo Stadiumによるトラッキングデータの計測を進めましたので、続報を書きます。

実際に現地で選手やチーム関係者の方と話をする機会も増えまして、様々なフィードバックも頂いたので、その経験も踏まえてトラッキングデータが気になる選手に最初に伝えたい内容をまとめたいと思います。

記事執筆前提となるリーグでの自分の役割は、下の記事をご覧ください。

データ取得トライアル実施の様子

まずは、トライアル実施の様子をSNS等からまとめてみましょう。

まず7月に高知球場と室戸マリン球場での高知FD vs 愛媛MPでテストを行いました。このときは球場でのトライアルだけでなく、練習時の打球速度の計測も別途行っています。

続いて、8月に坊っちゃんスタジアムでの愛媛MPとソフトバンクホークス4軍との練習試合(2試合)で計測を行いました。

徳島ではアグリあなんスタジアムで2試合計測する予定でしたが、残念ながら雨天のため1試合のみの計測となりました。ただ、その1試合で球団スタッフの協力の下、急遽YouTubeでのLIVE配信でデータを流す試みも行いました。

この井上絢登(徳島IS)のホームランは169.3キロをマークしていました。

その後、レクザムボールパーク丸亀では香川OG vs 高知FDでの計測を行いました。

レクザムボールパーク丸亀での計測の様子

これら計6試合でのトライアルを行い、収集したデータはすべて1球ごとの結果データ(ストライク、ファウル、ヒットなど)と結合し、投球の変化量を可視化した画像を送るなどして各試合の主催球団を中心にフィードバックしています。

データの活用に興味を持っている選手は多い

私は6月の企業説明会で「データの活用に興味を持ってほしい、なぜなら大切な人を守ることにつながるし、社会に出て役に立つからだ」という旨の話を選手の前でする機会がありました(詳しくは下の記事を参照ください)。

独立リーグだと各球団とも試合に出ていない選手が記者席でスコアを付けたり、運営の手伝いをしたりしています。トラッキングデータ収集の運用をしていた自分も同じ場所にいたので、選手と会話することもありましたが、その中で一番感じたのは「選手は自分のデータが気になっている」ということでした。

深さは様々ですが、少なくとも気になっている選手は多いと感じました。冒頭の高知FDでの練習時の打球速度計測会で、ほぼすべての野手が集まったこともそうですし、選手がスコアを書く記者席の中でも、前の日に測った試合の自分のデータを聞いてきた選手もいました。その他、サポートスタッフを通して選手から自分のデータや映像を確認したいという主体的なコミュニケーションも見られています。

選手にはあくまでも各所属球団のコーチや監督がいますので、私の選手とのコミュニケーションは基本的に「受け身」のスタンスです。聞かれたら答えるが、こうした方がいい、というアドバイスをする立場ではありません。

もちろん、企業説明会などで「なにか気になることがあったらリーグの人を通して連絡ください!」と選手全体に向けて煽りはしますが、そこまでです。その意味で今回、選手側から直接、間接問わずデータを見たいという主体的なアプローチがいくつも見られたのは収穫だったと思います。

選手は上手くなるため、自分がやっていることを客観的に認識するために情報を求めていると再認識することができました。

「これだけは抑えておくと良い」と思ったポイント

一方で、選手と会話すると質問をいただくパターンが多く、中には言葉の意味が曖昧なケース、自分の持っている情報に自信がないというケースもみられました。

そのため、四国で選手と会話して感じた「投球や打球のトラッキングデータを見る上での知っておくと便利なこと」を書いておきます。

1、投球の球速はトラッキングシステムで計測の方が速い(正確である)

トラックマンやホークアイ、Rapsodoなどのトラッキングシステムで取得したデータの方が、球場に設置されている一般的なスピードガンよりリリースポイントに近い位置で取得できているので精度が高い(結果的に速い)

技術的な面も含め、詳細は下記のコラムでも書かれていますが、NPBの各球団のデータでも、旧来のスピードガンとトラッキングシステムを比較すると計測される球速は上がります。その要因は「より正確に取得できるようになったため」と認識しておいて良いと思います。

例えば、四国アイランドリーグplusの公式戦で「坊っちゃん」「タマスタ筑後」「むつみ」の3球場での球場常設機器によるストレート平均球速のデータを見てみると、同じ投手のストレートでも球場によって球速に差があることが分かります。

この3球場だと球速は「坊っちゃん>タマスタ筑後>むつみ」の傾向が強い

このデータは今回のRapsodo Stadiumで計測したものではなく、あくまでもスポナビ速報向けとして、球場に表示された数字を現地で入力しているデータです。

マウンドの形状や土質などによる投げやすさもあるかと思いますが、「坊っちゃん」が速いのは球速計測の仕組みが旧来のスピードガンではなく、映像を解析して球速を導き出すタイプの仕組みが常設されていることが大きな理由だと考えられます(タマスタ筑後が球場に設置されているトラックマンのデータを配信時にも使っているのかは不明なので、引き続き調査したいと思います)。

この3球場を比較すると、むつみスタジアムでの球速表示の遅さが際立ちますが、球場別のストレート平均球速を見たときに、ここに出ている7名の投手のうち4名はむつみスタジアムでの数値が全球場中最も低くなっていました(残り3名は今治が2人、レクザムが1人)。

四国アイランドリーグplusでは9/22(金)からCSが始まり、初戦はむつみで行われることが決まっていますが、観戦の際にはむつみの球速表示は数キロ上乗せして考えてもらえると良いかと思います。

2、球が回転する軸の向きと回転の量によって球の変化が変わる

実演をしながら話さないとやりづらいのですが、実際に話した内容に近いことを手順を追って記載しておきます。

まず選手に次の質問をします。

【問1】球がサイドスピンをしている場合、球はどちらに曲がるか?
→ 球をスライド側とシュート側を交互に回転させて質問し、曲がる方向を指さしてもらう。それぞれスライド方向、シュート方向に曲がるという回答で、どの選手でも概ね当たる。
【問2】球がトップスピンをしている場合、球はどちらに曲がるか?
→ 球を縦カーブのようなトップスピンの状態に回転させて質問し、曲がる方向を指してもらう。下方向に曲がるという回答で、どの選手でも概ね当たる。
【問3】球がバックスピンをしている場合、球はどちらに曲がるか?
→ 球をバックスピンの状態に回転させて質問し、曲がる方向を指してもらう。「あれ?上、には曲がらないよな落ちていくよな。。。」と選手が迷う。

ここで、投球の変化をどのように記載するかを示します。

球の変化量の記載方法

ここで「火の玉ストレート」が代名詞だった藤川球児投手の変化量の例を出します。

藤川球児の2013年MLBでの変化量(点1つ1つが1球ごとの変化量を表している)
赤の球がフォーシーム(ストレート)。シュート方向とホップ方向に変化している。
【問3】で悩んだポイントで、ストレートであっても実際には重力の影響で球が落ちていくはずだが、なぜ〇〇cmホップするという表現になるのか?
一般的なストレートはバックスピンがかかっているため、ジャイロ回転の球よりは落ちない。この変化量の図はジャイロ回転の球を基準にして比較したときの表記法。

【問4】球がジャイロ回転(弾丸が放たれたときのような進行方向に向かって渦を巻く回転)をしている場合と、バックスピンではどちらの球がより落ちないか?
→ 球をジャイロ回転の状態に回転させて質問する。この比較では、選手も感覚的にバックスピンの方が落ちないと感じる。

ここまでで、変化量の記録方法を感覚的に把握してもらったら、その後は変化量の例と映像を見てイメージをつけてもらいます。

大谷の2023年のデータはオールスター前までのデータ。凡例は球種ごとの「平均球速、平均球速が最大の球種と比較した球速比、平均回転数」を表す。左のジョシュ・ウィンダーの黄色の点はスライダーの変化量を表しているが、完全に近いジャイロ回転の球なため、変化量が縦横とも0に近い。一方の大谷翔平の「スイーパー」は球速はウィンダーのスライダーとさほど変わらないが、サイドスピンがかかっているため横方向への変化量が大きいことがわかる。

(参考映像)
1、ジョシュ・ウィンダーの「ジャイロ回転のスライダー」
2、サイドスピンがかかっている大谷翔平の「スイーパー」

Baseball savantのジョシュ・ウィンダーのMLB公式のデータと映像URLより。投手名をクリックし、1球ごとのデータを表示するタブが開くと、右側にビデオマークが出てくるので、そこを押すと各球の映像が見られます)
大谷翔平の1年目と今季の比較。1年目に比べるとだいぶ球種を増やしていることがわかる。
18勝をあげた年の松坂大輔と大谷翔平の比較。松坂のスライダーも大谷だいぶ横曲がりが大きかったとわかる。
バウアーと大谷翔平の比較。ストレートの球速はバウアーの方が小さいが、球速に対するストレートの変化量はだいぶバウアーのほうが大きい。
マリアノ・リベラの最終年とアンダースロー・牧田和久の変化量。アンダースローの場合、ソフトボールのライズボールのように、ストレートよりもスライダーがホップする。が、リベラのリリース角度で、フォーシームよりもホップするカットボールを投げていたのは驚異的。他にあまり見ない。
ナックルボーラー同士の比較。回転しない球のため、回転とは別の要素で様々な方向に変化する。左はサイ・ヤング賞のときのディッキー、右は現役最終年のウェイクフィールドで、同じナックルボールでも球速が20キロほど違う。

上から順番に変化量の図を見ていき、リベラやナックルボーラーの図を見て「おおー!」と声が出たなら、通常とは違う球を投げていると理解されたと思いますので、私の試みは成功です。

最近、打たれない球を投げるという観点だとまずストレートに着目し「球速を上げ、回転数を上げ、回転効率を100%に近くし、リリース位置を低くし、投球の発射角度を地面と平行に近づける」というポイントを重視するというアプローチが取られがちですが、最初に変化量の図が分かればその意図も理解できるはずです。

せっかく投球の軌道を計測できる機器で測るならば、まずは球がどういう回転をするとどう変化するかを感覚的に捉えられると良いと考えています。

以前、長々と書いたように実際に打者を抑えるという作業には球種だけではなく複雑な要素が絡むため、まず自身の特徴を把握するための変化量データの読み方を体得した上で、どのような球質の球を投げるかを判断すれば良いと思います。

3、打球のデータは打球速度と打球の上下方向の角度を見る。同じ打球速度でも飛距離の出やすい角度がある。

一方の打者ですが、打球に関してはシンプルで、打球速度と打球の上下方向の角度だけをまず見れれば良いと思います。上のリンクに体験できるツールがあるので、遊んでみるのが早いでしょう。

このツールは速度と角度の組み合わせで実際のMLBでどこまで飛んでどのような結果になったかを見ることのできるものですが、例えば100マイル(約161キロ)で45°の場合、次のようになります。

Baseball sabantより。100マイル(約161キロ)で上下角度が45°の場合。あまり本塁打にはなっていない。

一方で、同じ100マイルでも上下方向の角度が30°の場合は次の通りです。

Baseball sabantより。100マイル(約161キロ)で上下角度が30°の場合。本塁打の打球が45°より増えている。

このように、同じ打球速度でも30°弱くらいの角度が最も遠くに飛ぶ結果になっているので、ぜひツールで遊んでみていただければと思います。

初手として参考となる情報ソース5選

以上、トラッキングデータについて最初に選手に伝えたい内容でした。

今回の内容では物足りない場合は、もうトラッキングデータを自在に活用できるフェーズに入っている選手なので、より科学的な話や具体的にどう改善する方法があるか、深掘りしていただければ良いと考えています。

現場目線で参考にしやすいと思われるソースを上げておきますので、活用いただけると良いと思います。

今回メインで書いている変化量の見方に加えて、シームの影響の話なども少し書かれており、最新の変化量関連の書籍として最も読みやすく、まとまっていると思います。

Rapsodo Japan社の館山昌平さんの解説シリーズは現場的にも分かりやすいかと思います。

ミズノのMA-Qがアップデートされたとのことで、noteが充実してきています。科学的な研究をもとに現場に落とし込む取り組みを進めており、これからさらにコンテンツが充実していくと思いますので、チェックしておきたいところです。

帝京大学の投球動作解析のアカウントです。リリース時のハイスピードカメラの映像を多く見ることができます。野手のリリースなども研究されていて興味深いです。

最後に、球の軌道の研究の第一人者である神事努先生が登場するbaseball Geeksです。いままでの内容で物足りない場合は、最初から神事先生の門をたたくのと良いと思います。

なお、自分も、10年近く前に神事先生の講義を聞き、下記の本を構成、執筆する際に座談会企画をしたところから変化量の魅力に取り憑かれたタチです。

さて、次回は再来週、8月5日、6日の練習試合でRapsodo Stadiumで計測できたソフトバンク・ホークスの選手のデータを使って、もう少し具体的に計測の状況を見ていきたいと思います。

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