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乳歯のまま大人になった私たち ③

はじめの一歩

さて、B歯科医院である。

問診票を書き、誘導されるがままレントゲンを撮られた私は、診療台の上で先生を待った。

撮られたばかりの私の歯のレントゲンを前にして、私は、勇気を奮い起こしていた。なにしろ、記念すべき第一歩である。
そうして登場なされた先生に、いよいよ私は訴えた。

なにぶん、初めてこの問題について自分から相談するのだ。私の訴えはまとまらず、かなりとっ散らかっていた。緊張してたし、しゃべりながら、何をどう説明していいか、自分でも混乱しているな、と思った。

それでも、ともかく私には生まれつき永久歯がたくさんないこと、今後も残った乳歯が抜けていくだろうということ、この現状を踏まえ、どうしていけばいいのか総合的に相談したいということ、それらを伝えたと思う。ついでに一応、先天的に永久歯がたくさんなければ保険が聞くという話も聞いた、ということもさりげなく言った。

私の歯のレントゲンを指しながら、先生は説明してくださった。
まず、副鼻腔うんぬんで(よく覚えていない)上顎のインプラントは無理だということ。そしてやはり、左上は両隣の状態がよくないので今のところはどうしようもないということ。そして急務であった右上の乳歯は抜歯となった。二本目を抜いたA歯科医院の先生と同様に、これを抜くことにB歯科医院の先生にも躊躇はなかった。抜く以外、どうしようもなかったのだ。

麻酔が施され、しばしの後、私はまた乳歯を失った。
あっという間だった。

当然、抜かねばならぬだろうことは、予想していた。
それでも、三本目の喪失である。その動揺は少なからずあった。しかし、それよりももっと、展開の速さに私は動揺していた。

抜歯の後、先生によると、この部分はブリッジ治療になるとのことだった。

本日先ほど上顎のインプラントは無理だという事実を告げられ、本日たった今この右上の乳歯を失い、私はさまざまな衝撃を受けて呑み込めないまま……、なんというか、ブリッジ治療?

ブリッジですか……、と呟き、動揺を隠せない私に先生は、「ではブリッジにするかどうか、次回までに決めてきてください」とおっしゃった。

なるほど、次回までに。……次回までに?

私はまっしろになった頭で、まっしろになったままでいったん、右上の失った歯について考えることをやめた。

そして、代わりにといってはなんだが、雲のごとく白くふわふわとした頭のまま、長年放置してきた左下の歯について相談した。
結果、この場合も大体はブリッジ治療ということになるだろう、とのことだった。『隣に治療した歯があるので健康的な歯を削るのとはまた違う』ということ、『できるだけ神経は残すようにする』ということ……、ふわふわとした頭のまま先生の説明を聞き、あれよあれよという間に次回の診療は左下のブリッジで確定した。

放心状態のまま受付にて、次回予約に際しては『ブリッジの為診療時間を少し長めにみるよう』に言われ、B歯科医院を後にした。

雨の降る暗い帰り道、三本目の乳歯を喪失した私は、定まらない心でぐるぐると考えていた。なんというか、想像していた感じとぜんぜん違っていたからだ。

正直、左下(一本目)に関しては、あるいはブリッジでもいいかもしれないと思えていたので、次回ブリッジに、という流れになったのではあるが、三本目である右上に関しては、『次回までに決めてくる』というスピード感に、率直に言って、慄いていた。

なんとなく、Aの先生のときのように、もっと私がどうしたいかを聞いてもらえると思っていたからだ。

しかも今回、私は初めて自分から、自分が生まれつきたくさんの永久歯がなかったことについて伝え、いったいどうしたらよいのかと、助けを求めたのだ。それは、私の人生においては、本当に大層な出来事であった。

だから、たとえば、『そうなんですね、大変でしたね、ではインプラントが良いかブリッジが良いか、検討しましょう。今すぐにインプラントは難しいのであれば、将来的にインプラントを検討する前提で、今は入れ歯にしておきましょうか』とか、『そういうことなら〇〇で✖✖なので、△△病院を紹介しますね』とか、あるいは具体的に永久歯がない場合の保険診療について教えてもらえるとか、なんとなくそういった、特別親身な・・・・・対応を想像していたのだった。

しかし、実際には、電光石火の診療計画であった。

想定の範囲外、置いてけぼりのマイハートである。どしゃぶりの雨の暗闇で錯乱である。

次回ブリッジとして予約してきたわけだが、これから淡々と進むだろう治療に気持ちが揺れていた。こんなものなのだろうか……、歯医者から逃げ続けてきた私には、一般的な診療の進み方が分からなかった……。

治療を終えたその日の夜、雨の夜、私はずっと、ぐるぐると考え続けていた。

(つづく)


余談ではあるが、そんなわけで三本目の乳歯を抜歯したその夜、私はとってもアルコールを摂取したい衝動に駆られていた。飲酒について特に先生から何か言われたわけではなかったが、なんとなく抜歯の後の飲酒はよくないような印象があり、念の為、私の唯一の頼れる友であるところのインターネットくんで検索してみた。

しかしながら、『乳歯』+『抜歯』+『アルコール摂取』でひっかかるものなどなかった。乳歯を大人になって抜くなんて誰も想定してねーってことかあ? 傷ついたと同時に怒りがやってきた。破れかぶれの捨て鉢である。
てやんでい、べらんめい!

飲んだ。

(※ちなみになんともなかった。先生いわく『ほとんど抜けているも同然』であった為か、根は浅く、痛みもほとんどなく、出血はあっという間に止まった。)


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