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私たちはきっと、少しずつでも強くなっている

涙って枯れることが無いのだろうかなんて思うくらい、この約1年半の間ほぼ毎日のように泣いている。どん底まで落ちたあの日のことを思い出すだけで一瞬で涙があふれてしまい、自分の中でまだまだ傷が癒えていないことを思い知る。

そんな弱い自分から変わりたいと思うなら、思い出すことをやめたらいいのにそれもできず、ふとした瞬間に思い出し、またぶわーっと泣いてしまうのだ。なんだかそれって自傷行為だよなーなんて思いつつ、やっぱり先日も泣いていた。

そしてふと、人生で一番つらい記憶の舞台となった日比谷公園に行って、二時間ほど散歩をしてみた。別にこれから先日比谷公園に行けない人生であっても困ることはないと思うのだけど、つらい記憶と紐づいてしまった場所を、そのままにしておくのが嫌だった。なけなしのプライドだったかもしれない。

皇居のあたりからぼーっと一本道を歩いて日比谷公園へ。幸せだったころの記憶も、悲しい記憶も全部思い出されたけれど、思ったほどは泣かなかった。

それがすごくうれしかったし、少し誇らしかった。

私たちは傷ついたとき、先の見えない暗闇にいるような気がして、生きているだけで辛いと感じてしまうけれど、それでも生きてさえいれば、ほんの少しずつだけれど強くなれているんだと感じた。
そう思うと少しだけ、辛くても頑張れる気がしてくる。
これを、「時間が解決する」と言うのかもしれない。

泣いたっていいんだ。泣いてばかりだったとしても、きっと一歩ずつ前に進んで強くなっている。

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思春期にいじめやネグレクトを経験して、すっかり内向的な性格に育ったアラサーOL。 自分を救ってくれたエンタメが大好きで、エンタメ業界の端っこでひっそりと働いています。 noteでは「打たれ弱すぎる泣き虫だからこそ優しくいたい」をテーマに、日々の感情について書いています。
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