見出し画像

【#生きる音楽】あなたと煙草と音楽と。


よく煙草を吸う人だった。

私はそんなあなたが大好きだった。

私の部屋に来ると換気扇の下だけは煙草を吸って良いルール。

あなたは食後に煙草を吸う。

そんな換気扇を私はまめに掃除していた。

あなたには黙って。




彼と出会ったのは、サークルのOBが私の友達と組んだ合コンだった。

私は彼氏と別れたばっかりだったし、いわゆる年上と付き合ってみたいと思っていた。

彼はよくしゃべる明るい人だった。

でも嫌な煩さはまるでなかった。

私のくだらないバイトの失敗談や友達との他愛もない話も笑顔で聞いてくれた。

チャラい同級生たちと違って、スーツ姿の彼はとても大人に見えた。

めくったシャツの袖から見える腕の筋肉に私はときめいた。

連絡先を交換して、それから何度か会ううちに彼は私の家に来るようになった。



宇多田ヒカルじゃないけどあなたのキスは煙草の味がした。

でも大学生の私はそんな所にもちょっとときめいたりして。

清潔感のある人だったし、イケメンではないけど浅黒い肌がとても健康的だった。

指は細いのに、その大きな手はにぎるとゴツゴツとしていた。




よく私たちは家で食事をした。

私は料理が好きだった。

彼はそれを美味しそうに食べてくれた。

そして好きな映画を見ながら食事をして、お酒好きなあなたの買ってきた「今日の一本」を飲む。

お互いお笑いが好きだったから好きな芸人の好きなネタをオススメしあって、ネットで見ながらよく笑った。

そんなことばっかりしてたからか下戸だった私も人並みには飲めるようになった。

最初はお酒なんか好きじゃなかった。

けれど、あなたに好かれたくて私は飲めると嘘をついた。






そしてある日、あなたは突然私の部屋に来なくなった。

理由はわからない。

LINEも返ってこない。

でもブロックはされてない。(ネットでブロックされてないか確認する方法はググった。)







私は1人で映画を見ながらワインを飲んでいた。

静かに彼と見た映画を見ていた。

見終わると彼の忘れ物の煙草をベランダで吸った。

全然おいしくない。

彼みたいにカッコよく吸えないし。

たまにむせながら私は煙草の先を見つめた。

じりじりと静かに短くなっていく。

それはタイムリミットみたいに。





朝焼けを見ながら私は彼を思い出していた。

「なんかしたかな〜」

不意に出た独り言に驚いた。

秋の朝焼けは夏より少し遅くなってエモい色になっていた。




私はもう一本だけ煙草に火をつけた。

静かに煙を吸い込んで、朝焼けに向かって吹きかけた。

朝焼けの光に煙が照らされてとても神秘的に見えた。

静かに涙がこぼれた。

不意に香る金木犀の匂いが煙草の匂いと混ざって私の体の中を駆け巡る。

匂いというのは最も記憶を呼び起こす要素だと聞いたことがある。

その通りだと思った。


もう秋だ。

私は煙草の火を消して部屋に戻った。

熱いシャワーでも浴びよう。



彼が突然私の元を去った理由はわからない。

他に好きな女でもできたのか。

私にはわからないことが多すぎる。

でも今は少しだけ彼の思い出に浸りたい。

まだ私は忘れられる存在であることを受け入れたくない。

あなたの大好きな煙草。

私より好きな煙草。

朝が来る。


読んでいただきありがとうございます。もし気に入っていただけたらサポートをおねがいします。今後の感性を磨くための読書費や学びへの費用とさせていただきます。