【お試し版】AWSなのに、エモい。序章

AWS。
世界的に使われている、クラウドコンピューティングサービス。

もともとは、Amazon社内でのビジネス的課題を解決するために開始されたサービスだ。
2006年7月にS3が公開されたのを皮切りに、EC2, EBSと次々にサービスが公開されていった。

そして今では、世界中のサービスを支える基盤の一つとなっている。


僕「いやぁ〜〜やっぱりAWSってすごいですね!」

僕はAWS Loftにきていた。
AWS LoftはAWS Japanが提供しているコワーキングスペースで、
平日こうしてたまにきて、仕事をしている。

AWSの知見をもったスペシャリストも常駐していて、
質問すれば丁寧に答えてくれる。

AWSを鬼のように使っている弊社にとって、とてもありがたい存在だ。

今日はたまたま上司も一緒だ。
僕はコンソールUIを開いて、何回かぽちぽちとボタンを押す。

僕「こうやってぽちぽちやるだけでインスタンスが立ってしまうから恐ろしい時代ですよね」
上司「そうだけど、お前物理サーバ立てたことないだろ?楽になる以前なんてしらないだろーに」
僕「いやまあそうなんですけど」

僕「突きつめれば0 or 1ですよね。コンデンサの放電と充電です」
僕「そして基本の回路であるand, or, not回路」
僕「それを大量に組み合わせたら、あっという間にコンピュータですよ」

上司「めちゃくちゃ雑だな〜。まあ極論はそうなんだけどさぁ」

上司「でも、僕らの時代からしたらクラウドサービスって信用ならないんだよな」
上司「あの頃はよかったよ。目の前にサーバがあって、どうやって動いてるか手に取るようにわかった気がする」

上司「今はボタン1つだもんな。何もわからん」

上司はそうぼやいた。

僕「でも、時代は変われど一つだけ確かなことはあります」

僕は胸を張る。

「コンピュータの基礎は、科学だってことです」

物心ついた時から科学は好きだった。
「だいたい分解したらわかる」
小さい頃の僕は愚かにもそう思っていた。

大学に入ってからは電気電子をやった。
電子回路を書いて微分積分をし、その回路を通る電流、かかる電圧、どこにどのような抵抗を入れればよいのか。
今思い返せば基礎中の基礎だったけれど、これが昨今のコンピュータ技術に繋がっていくのか!と思い僕はワクワクしたものだ。

結局、僕は実際のコンピュータを作るくらいの知識はつけられなかったけど。チューリングやノイマンのことは心の底から尊敬している。


上司「...そういうもんかねえ」

上司はそういってコーヒーを飲んだ。
ここのコーヒーは安いのに美味しい。
ブラックでも美味しいのに、上司はシュガースティックをこれでもかと入れている。

僕「そういうもんですよ」
僕はそういってブラックコーヒーを飲む。

AWS Loftの窓から斜めに傾いだ光が降り注いだ。
窓際に座る人たちの横顔に影ができる。
夏とは違い、長い長い影が窓際から伸びて僕の足元までたどり着く。

そろそろ帰る頃合いだろう。

上司「じゃあ俺は先に帰るよ」

といって歩き始める。
と、上司はふと足を止めた。

上司「そうだ」
上司「明日のMTG遅れんなよ」

そういって上司はエレベーターホールへ向かっていった。

---

僕が帰ろうとした時、もうLoftは閉まりかけていて、
人も2、3人しか残っていなかった。

窓は冷たい蛍光灯の光に照らされて、僕の姿を映していた。
映っている僕の姿の向こうには空があって、もう紺一色だった。
下の方で街の光がチカチカしている。

帰ろう。

リュックを持って席を立った時、

ーーどこかで何かが落ちた音がした。

音のした方を見る。

あまり行ったことがない場所だった。
AWS Japanの職員しか使えない、ミーティングルームの方だった。

僕は忍び足でその方へ向かう。

警備員は気づいていない。

ミーティングルームの廊下はもう蛍光灯の明かりが落ちていて、
薄暗かった。

僕はそばまで近づいて目を凝らした。


それは四角くて黒かった。


僕はそれを見たことがあった。
それを見るのは随分と久しぶりだった。
そしてそれは、ここには似つかわしくないものだった。


ーー何世代も前の記憶媒体、フロッピーディスクだった。

僕「何でこんなところに...?」

随分前のものなんだろう。ラベルは限界まで黄ばんでいた。
何か書いていないか。薄暗い廊下で目を凝らす。
しかしラベルには何も書かれていない。

手にとって意味もなく透かして見る。
何も見えなかったが、
その先のミーティングルームのドアが少し空いているのに気づく。


ーーその時全ての電気が落とされ、あたりが真っ暗になった。

僕はびくりと体を震わせる。

ついに、警備員もいなくなってしまった。

夜のAWS Loftに、僕一人だけ。

ドキドキする。

昔、母校だった大学に夜忍び込んだことがあった。
そのときより、何倍もドキドキしているのを感じる。

ゆっくり、ゆっくりと、ドアをあける。



その日は満月だった。

寒々とした空にひとりぼっちの満月が、都会の空を照らしていた。

満月が放った光はミーティングルームのブラインドを通過して、
不思議なほど埃が舞う部屋に差し込んだ。

そしてその光は、部屋の隅にあった「ある物」を照らした。

ーーこれまた、いつの世代かわからないほど古いPCだった。

見る。

最近CD-Rドライブすら珍しいのに、
そのPCにはフロッピーディスクを入れる口しかない。
それなのに筐体は今の3倍くらい大きい。

手にはフロッピーディスク。
目の前には古い古いPC。

僕「まさか、ね」

僕は冗談のつもりでフロッピーディスクをPCにいれた。

しっかりと奥まで刺さるのを感じる。
とてつもなく懐かしい感覚。

そのまま、
ゆっくりと、
ゆっくりと電源ボタンを押す。

ドアの開く音が聞こえた気がする。
誰かの叫ぶ声がした気がする。
指先に埃の、いや砂の感覚があった気がする。


それらの感覚を最後に、僕の意識はブツンと途切れた。

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