「広島の風」 #12

<便り>
「どうも報道記者たちは私の発言を曲解して伝える。困ったものだよ」
 そう老獪に笑い飛ばす大蔵大臣、池田勇人主催のパーティーには広島からも財界人が多数出席していた。
「池田先生。どうか我が広島にプロ野球チームを。池田先生のお力添えがあれば百人力。私は広島の可能性に賭けとるんです。ここにおる広島の財界人諸兄、広島市やその周辺の市区町村も、こぞって出資を表明しているそうですが、私はそれの誰にも負けんような最大限の出資をお約束します。ですので池田先生にはぜひともご安心頂いた上で、これへの後光を賜わりとうございます」
 そう語気を強める芸備海運の玉井与太郎は、戦後の住宅難の風を読み、被爆者に簡易住宅を貸す商売をはじめたのをきっかけに、工業部品の卸、金属の加工などに商売の手を広げ、いまの海運業を興して財を成した男である。
「広島のプロ野球チームには、東京や大阪のチームに負けない華やかさが必要だ。大金を積んで、よそのスター選手を引っ張ってきましょう」
 玉井は鼻息荒く、池田に弁じ立てる。
 パーティー会場である「ホテル・テート」にいた中国新聞東京支局の河口豪が、松原らを探し当て、情報をもたらす。
 河口の話はこうであった。日本野球連盟に加盟申請をしている福岡の西日本新聞と西日本汽船は、直接的な系列企業ではないものの資本提携関係にあって、これが事実ならば、プロ野球に同系列の二社が参入することになり、そうなるとGHQの定める「反トラスト法」に抵触する恐れがある。これを理由に二社のどちらかを潰すことができれば土壇場で枠がひとつ空くことになる。そうなれば、時間も差し迫っている関係で、すでに申請をしてきている「広島」を追認しやすくなるだろう、というものであった。

 そこから遠く離れた兵庫の西宮ではこの日、朝から雪が降っていた。石本は大きなくしゃみをし、窓の外に降る雪片を眺めながら「もう冬じゃのう」と呟く。
 自宅を訪ねてきている恰幅のいい客人、田村駒治郎と、石本は鍋をつつき、酒を酌み交わしている。
「うちとしては残念やが、石本はんがそうまで言われるなら、うちとしても止めやしまへん。そやけど、広島に戻って、ゆくあてはあるんかいな」
「野球にはずっと携わっていたいとは思うとるんじゃが、広島にはプロ野球チームがありゃあせんけえ、できるとすりゃあ学生野球の監督かのう。まあ、しばらくは広島の山奥に籠って、百姓でもやりながら考えますわ」
 田村がオーナー、石本が監督を務める大陽ロビンスはこの年、八チーム中、最下位の成績に終わり、石本は自らの退任を申し出ていた。
「石本はんの、その郷土愛は見上げたもんや。生まれ育った広島に骨を埋めようというんやな。よし、わかり申した。それでは、石本はんの新しい門出に乾杯といこう」
 翌日、新聞は彼のロビンス退団をセンセーショナルに報じた。ただし、石本の次の行き先を明示している記事はどこにも見られなかったように、石本自身が次のキャリアを描いておらず、そのキャンバスは真っ白であった。その郷土愛から「野球人生の集大成は広島で終えたい」という漠然とした、しかしながら強い願望を、その胸に抱えるのみであった。
 

 最大百五十人の収容が可能な堂々たる大円形の音響ホールを持つ「ロン・パイル」は、昭和二十年四月、沖縄において従軍中に落命した、友人のジャーナリストの名前を冠にした銀座のナイトクラブである。
 格天井から吊り下げられた王冠のようなまばゆいシャンデリアと、それを窈窕に包み込む白大理石の床とテーブル、重厚な装飾のついたソファでホールは彩られ、日本で一、二を争うこの豪華絢爛な社交場に魅せられた客で店内はいっぱいである。まるでエッゲンベルク家の「Planetary Room(惑星の間)」とも見紛うこの亜空間には、その出自すら怪しい男たち、あるいは裏社会の男までが夜な夜な集い、こと盛況であった。
 オールバックの髪に白服のボーイが端麗にオーダーを捌くホールでは、背広を着込んだ日本人客が、目も醒めるような鮮やかな原色とりどりのドレスに身を纏った、瑞々しい果実のような夜蝶をはべらせている。彼らはウイスキーやスコッチをやりながら煙草や葉巻を燻らせ、その手は夜蝶の肩にまわし、ステージ上でスポットライトを浴びる踊り子や、「ステューピッドキャッツ」なる日本人ジャズバンドによる生演奏に耽溺している。
 大円形ホールから奥に進んだところにある中二階のVIPルームには、ほかの客とは明らかに筋の違う常客が詰めていた。チョークストライプの背広にロイド眼鏡のインテリ、松原昇太郎を筆頭に、石橋湛山の懐刀で大蔵大臣の池田勇人、ときの宰相、吉田茂の朋輩で貿易庁長官の白洲次郎、日本製鐵の永野重雄、大映の赤嶺昌志、戦前のプロ野球チーム、名古屋金鯱軍代表だった山口勲、大映の永田雅一、衆議院議員の佐藤栄作ら政財界の大物や、広島電鉄社長の伊藤信之、中国新聞東京支局の河口豪、芸備海運の玉井与太郎、安芸製鋼の久我富士男、中国瓦斯の奥村秀史郎といった広島の財界人も顔を連ねている。彼ら「広島」の面々がこの場にいるのは、中央の政財界に「広島」への支援を取りつけるためである。
 二十歳そこそこの夜蝶が永田の空いたグラスにウイスキーを注ぐ。注ぎ終わるのを待ち、グラスを力強く持ち、ひとくち、ふたくちと豪快にのみ、グラスを右手に持ったまま「映画界の盛況極まれり。撮っても撮っても間に合わん」と、焼け野原から這い上がる戦後の経営者特有の豪放磊落な物言いを、野太い声でやってのける。
 この店に入り浸る多士済々の顔ぶれは、その有り余る情熱がときに衝突し、それに酒の作用が加わり、議論の域を出て拳を交える事態に発展することもしばしばあった。

「広島の田舎もんが、大きな顔をしやがって」
 この日も酩酊した永野と白洲が些細なことから口論をしはじめる。
「おい、貴様。いまの台詞、もう一度言ってみろ」
 白洲からすればこれは酩酊した挙句にふと出た冗談のつもりであったが、永野からすれば、この白洲の言葉を看過することはできなかった。
 取っ組み合いの大喧嘩をはじめた彼らは、まず永野が白洲の胸倉を掴んで顔を一発殴ったあと、倒れた白洲の頭を踏みつけて床に押しつけた。不意を突かれた白洲ではあるが、彼がやられっぱなしの男であるはずもなく、立ち上がって形勢を逆転させる。組んず解れつの二人は互いの顔を殴打し合う。まわりはこの喧嘩を止めに入るが、この派生で、本業で確執が生まれていた永田と赤嶺がぶつかり合い、赤嶺がここぞとばかりに永田へ啖呵を切る。
「この際だから言う。俺は貴様が気にくわん。大口ばかり叩きおって、映画屋はこれだから困る」
 永野と白洲、永田と赤嶺だけでなく、これらを制止しようとしていた松原の顔に永野の拳が当たってしまったことから、永野と松原との間にも喧嘩がはじまる。彼らはみな常識ある紳士であったが、この場ではルールなしに暴れ、魑魅魍魎の空間となる。
だが佐藤栄作だけはひとり座ったまま、それを鷹揚と見守っている。
「いい闘志だ。それでこそ日本男児、侍だ。みな敗戦後のフラストレーションでエネルギーが有り余っとるんだなあ」
 彼らは酒を浴び、議論の延長で取っ組み合いの喧嘩をしながらも、それぞれが心底、誰かを憎むでもなく、各々のビジネス上の範疇を侵さず、日本の復興と発展のためなら組むところは組む合理性を持ち合わせる、日本の政財界の牽引車たる快活な男たちであった。

 翌日の東京は一面の雪景色であった。男たちがシャベルで掻き出した小さな白い山が街のあちらこちらに出現し、その前を、背中を丸めた人々が転ばぬように一歩一歩、慎重に道行く。
 日本野球連盟事務所から銀鼠の空を眺める正力松太郎。ドアをノックする音とともに、松原と河口が彼を訪ねてやってくる。
「入りたまえ」
 正力は、松原と河口が入ってくるやいなや、二人が言葉を発する前に、「広島」の加盟申請に対して承認を下す考えであるという話を切り出す。
「よろしいのですね。我が『広島』の加盟申請を受理して頂けるのですね」
「そうだ。かねてから君も言っていたとおり、広島でのプロ野球チーム創設も、広島市民にとっては有意義なものになりそうだし、そのほかの有力な企業に声をかけてみることも考えたのだが、なにせ時間がない。そういった事情もあって、ここはやはり、万人が楽しむものであるという野球の原点に立ち返るべきだと考えたのだよ。そうなれば、古くから野球が盛んで、プロ野球界に多数の人材を輩出し、貢献してくれている、君の地元である広島にプロ野球チームをつくることは、これはそういう風が吹いているということなのであろうと思い、『広島』の加盟を承認することにしたのだよ」
 目の前へ転がり込んできたこの好機に、松原は目の色を輝かせた。
 正力は、参入するのがどこのチームであるかということには、あまり関心がなかった。日本野球連盟に加盟申請中だった福岡の西日本新聞と西日本汽船が資本提携関係にあるという事実は、この場にいる正力、鈴木も別のルートからすでに知らされていて、やはりGHQに睨まれることを避けたい正力としては、松原が熱心にその必要性を説く「広島」の加盟を承諾することにし、鈴木も正力に諭されて、本心ではないにしろそれに追従した。
 しばらく言葉を失った松原は「やりましょう」と叫び、その気魄に正力がたじろぐ。
「ただし、条件がある。加盟金の二百万を、三月二十日までに当連盟におさめること。約束できるかな」
 鈴木が歓喜にむせぶ松原たちの気をそぐように、冷徹な言葉を突き刺す。
「ああ、約束するさ。銭の工面など、どうにでもなる」
 資金の調達見込み以前に、組織体としての骨子もなにも決まっていないにもかかわらず大見栄を切った松原の向こう見ずで豪胆な態度に触発された河口は、松原と目を合わせて無言で頷いたあと、事務所を飛び出て、近くの郵便局にかけ込んだ。
 河口はすぐさま、郷里のプロ野球チーム創設を夢見て行動をともにしてきた、広島電鉄の伊藤、安芸製鋼の久我、中国瓦斯の奥村ら地元の財界人に、
『ヒロシマノカゼフク』
 と打電した。

「しかし松原君は、議員を辞めてからというもの箍が外れて、ずいぶんと楽しそうだな」
「私は公人として、やるだけのことはやりました。これからは私人として、いち個人として、広島のために尽くします」
 衆議院議員が終戦時の肩書きだった松原昇太郎は、GHQからパージを受けて失職後、すぐさま「SERVICE CENTER TOKYO」という組織を立ち上げ、自分と同じくパージを受けた者へのパージ解除や仕事の斡旋をする活動に腐心した。自身のパージ解除後は衆議院選挙に立候補するもあえなく落選。議員への返り咲きは叶わなかった。肩書きのなくなった松原は、残りの人生を広島に尽くすべく、在京の地方出身財界人を集めて「木曜会」という有志的組織を設立し、中小都市での大相撲やプロ野球の試合を主催するようになっていた。この「木曜会」の主要メンバーが松原のほかに、中国新聞東京支局の河口豪、金鯱軍の元代表の山口勲ら、広島出身で在京の財界人だった。
「広島でプロ野球の試合を開催したい」
 いつしか彼らの間でこの言葉がスローガンとして頻繁に登場するようになり、そしてそれが既存チームの試合の興行という形で叶ったあとは、この街の風土を考えれば、広島にプロ野球チームを創設しようという機運が生まれるのは、必然的な事象と言えた。ともかく、昭和二十四年に広島大学の設立誘致の目的で、広島では戦後初となるプロ野球の試合が二試合、彼らによって呼び込まれたことで、なにか街全体がパンデミックに冒され、すべての市民が不治の熱病に感染したように思う。
「資金集めにずいぶんと苦労していると聞くが、大丈夫かね。断っておくが、いかなる事情も斟酌するつもりは毛頭ない。どのような事情であれ、我が連盟への加盟金は必ずおさめてもらうよ」
 彼らが日本野球連盟へおさめるべき加盟金の用意ができていないという噂を耳にした鈴木が揺さぶりをかけている。
「ああ、問題ない。概ね順調さ」
 その実態を隠してうそぶく松原は、自身を社長とする「株式会社廣島野球倶楽部」を設立していた。役員には伊藤信之、河口豪、久我富士男、奥村秀史郎らが名を連ねた。一応の株式会社としての体を成してはいるが、日本野球連盟への加盟金だけでなく、軍資金となる資本金の調達が予想以上に困難をきわめており、役員企業の出資が頼みであった。ところが、その肝心の各社では出資への反対の声が上がり、各社の代表であるはずの伊藤たちが各々、自社内で糾弾される事態に陥っていた。にもかかわらず鈴木に大見栄を切った松原は、先の見えない大海原への船出に不安を抱きつつ、広島へ向かった。
 翌深夜、広島駅に到着した松原は、ホームに待ち受ける新聞記者に向け「ようやく、広島にプロ野球チームが誕生することになった」と、形ばかりの報告をした。
 満を持して現れた松原のストロボを浴びるその顔は土気色で、待ち受けた記者たちが期待するような晴れやかなものではなかった。しばらく記者の質問に答えたあと、同行する伊藤たちに「しかし、まいった。資本金がまるで集まらない」と悲鳴とも取れる言葉を放ったあと、用意された旅館の客室に入り、そして泥のように眠りについた。

 二日後、西宮郊外にある石本の自宅に、この街には似合わない、身なりのいい松原の姿があった。
 ロビンスを退団した石本は荷造りをしているところであった。ここを引き払ったあとは、戦時中に疎開していた広島の高田郡に戻り、また自給自足の百姓暮らしをするつもりいた。
「新聞報道でも流れているのでご存知かと思いますが、我が広島にプロ野球チームが誕生することになりました。つきましては広島野球の雄である石本さんに、監督就任をお願いしたい。もちろん、後日行われる役員会で決定してからの話になりますが、もし石本さんにお願いをしたら、引き受けて頂けますか」
 資金も、選手も、まるでなにも集まっていないという話を聞いた石本であったが、しばらく沈黙し、その多難な船出を見据えるが如く顔の皺を寄せ、「お気持ちは有難いんですがのう、しばらく考える時間をくださいや」と伝え、松原と別れた。
 広島じゅうが「我が街にプロ野球チーム誕生す」と狂喜乱舞するさなか、旅館「若宮」には、松原、伊藤、河口ら「広島」の役員、関係者が一堂に会している。
 室内に掲示された紙にいくつかのチーム名が、黒く太い筆で書かれている。それを見つめる男たちは、この広島に生まれるプロ野球チームの名前をどうするか、まるで我が子の名前を決めるかのように慎重な議論を重ねている。
「アトムズはいかん。アトムと言うたら原子。ピカを思い出してしまう」
「レインボーも駄目だ。虹はすぐ消えてしまうもの。縁起が悪い」
「ピジョンはどうかのう。鳩といえば平和の象徴。平和都市広島にはピッタリじゃ」
「鳩は弱々しい。ベアーズのほうが強そうでええ」
「家畜だけでなく、ときに人まで襲う凶暴な熊など、野球のチーム名にはふさわしくない」
 チーム名というものはそのチームが存在する限り、永遠に受け継いでゆくものである。彼らは、やがて出口の見えない議論に煮詰まる。
 この場にいながら輪に加わっていなかった松原の脳裡に、戦前の代議士時代、地元選挙区の遊説中に見た、在りし日の鯉城、広島城の立派な天守閣と、その濠で天を泳ぐように跳ねる若鯉の光景が、ふとよみがえる。
「―――カープ、というのはどうだろう」
 ふと出た松原の言葉に、
「カープってなんね」
 英語を知らない伊藤が返す。
「鯉だ。鯉は滝登りの力強いイメージもあるし、広島には戦前から鯉城と呼ばれた立派な広島城があるだろう」
「それならカープスじゃないんね」
 松原に、河口が疑問を差し挟む。
「英語のカープの複数形はつかず、そのままなんだ。だからカープはカープでいいんだ」
 結局、松原が出したこの「カープ」という名前にみな、賛同し、
「それではみなさん、『カープ』で決定ということでええですか」
 伊藤がこの議論を締め、一同は我が子の名前が決まったような、開放感漲る表情を浮かべた。
「ついに広島にプロ野球チームができるのか」
「おいおい、名前を決めて満足している場合じゃないだろう。監督はどうする。誰になってもらうんだ」
「そうじゃ、広島の野球史に刻まれる新しい船出じゃけえ、相当な人にせんといかんぞ。実績も名前もある、広島野球の雄のような人にせんとのう」
「それなら誰がいいだろうか」
「そりゃあ広島野球の雄と言えば、あの人を置いてほかにはおらんじゃろう」
「おう、そうじゃ。すでに松原さんが唾をつけとる、あの御仁か」
 伊藤がテーブルに置いた新聞紙面に掲載されている、石本のロビンス退団についての記事をみなが覗きこんで、なにも言わずして全員の意思が通じた。
 松原は郵便局へ急ぎ、電報を打つ。
『カントクシュウニンタノム、スグヒロシマヘキタレ』
 と打電した松原は、「石本さん、来てくれるだろうか」と、暮れの空を見上げて呟いた。
 知らぬところで自らの運命が蠢いているとはつゆ知らず、これまでどおり無骨に暮らす石本は、珍しく風邪を引いていた。
「石本さん。電報です」
 若い郵便局員が石本の自宅へ電報を届けにやってくるが、扶美代が不在にしていたため、これを石本が受け取る。
「まったく、しょうがないのう」
 大きなくしゃみをしながら玄関先まで出てきた石本に郵便局員が、
「此度は、まことにおめでとうございます」
 とその内容を祝う。
「まもなく昭和二十五年になろうというのに赤紙みたいなことを言いなさんなや。わしがこがいに風邪を引いとるというのに、なにをめでたいことがあるか」
 訝しげな態度の石本は、
「次は広島のようですなあ。広島野球の雄である石本さんにふさわしい花道だ」
 そう郵便局員に言われ、ようやく電報に目を通す。
『カントクシュウニンタノム、スグヒロシマヘキタレ』
 石本は表情を変えず、この一枚の紙切れを強く握りしめた。
 数日後、家族の遺影に手を合わせたあと、風呂敷にそれを包んで行李にしまう石本の姿があった。荷物をまとめた石本は、西宮から「廣島ゆき」の汽車に乗り込んだ。
「ついに広島で、プロ野球の監督をやることになるとはのう」

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John Morris

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