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「広島の風」 #15

<郷里へ>
 汽笛の鳴り響く早朝の広島駅に猿猴川からの乾いた風が吹き、鉄条網で囲まれた線路のまわりにまばらに生えた萌黄色の鉄道草を揺らしている。
 白石が東京を発って二日後、広島駅には白石が乗車した博多ゆきの汽車が停車し、駅のホームは濛々とした煙と、鉄、石炭の匂いに覆われる。白石を待ち構えていた広島の新聞記者たちは、彼が降りてくるのをいまかいまかと待つ。
『広島ゆきの汽車に乗り込み、郷里に誕生した広島カープ入団への意気込みを語る白石』という、この上ないセンセーショナルな記事が全国紙に踊り、それを受けた広島市民はこれからこの街で起こるであろう出来事に胸躍らせ、街には熱病が渦巻いていた。
 広島が生んだスタープレイヤーの到着を待つ彼らであったが、白石の姿がないまま、汽車は博多に向け、汽笛を上げて発車してしまった。
「おい、白石が降りてこんじゃないか」
「おかしいのう。この汽車に乗ったはずなんじゃが」
「もしかすると、東京の新聞記者がガセネタを掴まされたんじゃないんね」
「馬鹿たれ。いまどき新聞記者が集団で騙されるガセなど存在せん。しかと写真入りの記事で載っとったし、東京の記者にも電話で確認をしとる。白石は昨日の朝、東京駅から博多ゆきの汽車に乗ったことは間違いない」
「じゃあ、広島に来るのが厭で東京に引き返したんじゃないんか」
「そがいな馬鹿なことがあるか」
「それはわからんぞ。東京でスター選手だった男が、郷里広島にできたばかりの、先も知れぬ貧乏球団に入るというんじゃからのう。白石にとっては島流しにでもされる気分じゃなかろうか」

 いっこうに広島へ姿を現さない白石は、みなを身悶えさせていたが、それとは関係なく、彼以外のカープの選手は続々と広島入りしていた。石本たちがどうにかしてかき集めた彼らの中には、広島と縁もゆかりもない選手もいたが、ほとんどは広島出身の選手であった。とにかく、広島の土を踏んだ彼らは有名無名問わず、その熱狂的歓待をもって広島市民に出迎えられる。
「ようこそ、広島へ」
 松原が音頭を取り、入団した選手たちを出迎える。
「廣島カープ 入団選手歓迎式」と銘打たれたセレモニーには、株式会社廣島野球倶楽部に出資した企業の代表で、かつ廣島野球倶楽部の役員となった、広島電鉄の伊藤信之、中国新聞東京支局の河口豪、安芸製鋼の久我富士男、中国瓦斯の奥村秀史郎のほか、広島市長の浜井信三、広島県知事の楠瀬常猪らも参列している。
 晴れやかな表情を浮かべ祝辞を述べる壇上の男たちの中で、広島市長である浜井だけは以前と変わらず、その表情は暗鬱としていた。
 広島市の財政、食料事情に少しずつ灯りが見えてきているものの、GHQからの圧力で広島平和祭が中止に追い込まれたことに加え、自身と山下らの逮捕も噂されるなど、常に身の危険を感じて暮らしていた。日々の市政も綱渡りの状態で、彼らの苦悩は続いていた。
 市長である限りは毎年、広島平和祭を開催し、平和宣言を世界に向けて発表すると心に誓ったし、それが亡くなった人々への鎮魂であり、これを自分がいなくなってからも未来永劫続けるべきだと考える浜井は、ここで平和祭を中止し、平和宣言を発表しないことは屈辱以外のなにものでもなかった。
 セレモニーの壇上で浜井の異変に気づいた松原がその理由を訪ね、それを聞いた松原が浜井にふと、
「それならば、カープ誕生についての市長声明を出せばいい」
 と妙案を出した。
 浜井に感化された松原が示したこの思いつきのような妙案であったが、たとえこれを実行したとしても浜井らの逮捕の危険は変わらないどころか、市民の夢と希望を担うであろう広島カープにまで危険が及ぶ可能性も出てくる。しかし、これを提案した松原にとっては、これが原因で浜井がGHQからなんらかの処罰、制裁を受けることがあったとしても、それとカープは無関係であり、損害を蒙ることはないだろうと高をくくっていた。仮にこのことでカープが咎を受けたとしても「我々とは関係のない話」だと笑止するつもりであった。
 野球への関心は薄い浜井であったが、藁をもすがる思いで松原の妙案に乗り、すぐさま帰宅して草稿を練った。

「我らが広島カープへ、よう来てくれた」
「まあどうぞ、好きなだけのんでつかあさい」
 広島カープ入団のため広島へやってきた選手の噂はたちまち広まり、彼らはあちこちで歓待されていた。それに気を良くした若き選手たちは、連夜のように広島を街をのみ歩いた。実績のある選手は顔が知れている者も多く、ゆく先々で広島市民に取り囲まれては握手とサイン攻めの嵐で、中には彼らを万歳三唱や胴上げまでして歓迎する市民までいたというその現象を見ても、広島カープというチームがこの街に誕生したことが、いかに広島市民にとってセンセーショナルな出来事であったかが窺えよう。
「なんじゃあ、こいつ」
「こがいなところで、筵を掛けられとるわい」
「汚らしいねえ、乞食じゃないんね」
 通りがかった男女が、路上に仰臥する男を不審そうに窺う。
「こいつ、微動だにせんが、死んどるんかのう」
「原爆が落ちたあとには、こがいな死体はようけ見たがのう」
 男のひとりが、この男にかけられた莚を取り、顔を確認する。
「息はしとるが、酒臭い。このくそ寒いのに、路上で寝るほど酒を浴びるとは、よほどのきちがいじゃのう」
「やあねえ、汚らしい酔っ払いじゃねえ」
「おい、見てみい。こいつ、おんぼろのバットとボールを持っとるぞ」
「ひょっとすると野球選手か」
「まさか、カープの選手とでもいうんか。見たことのないやつじゃがのう」
「おおかた、ただの野球きちがいが、朝までのんで酔っ払って、寝てしもうたんじゃろう。こがいなもんは広島じゅうに転がっとるわい」
「本当に広島は、野球きちがいばかりじゃねえ」
「誰か、マジックインキを持っとったよのう。ちょっと貸せや」
 もし白石クラスのスタープレイヤーであったならば、野球ファンが顔を見ればすぐにそれだとわかるが、大多数の選手はこうして酩酊し、路上で寝ると、そこらの酩酊者と同じ扱いを受け、それが郷里に誕生した広島カープの選手だと気づかれることは皆無であった。
 額に「バカタレ」と黒い油性のマジックインキで書かれても気づくことなく、いびきをかいて眠りこけ、夜明けとともに行き交う市民の失笑を買う男は、武智修といった。彼はカープの監督に就任した石本の広島商業時代の後輩である浜崎真二が監督を務める阪急ブレーブスに昨年まで在籍し、浜崎の懇意により石本が譲り受けた内野手であった。
「おい、起きんかい、馬鹿たれ」
 武智を足蹴にする、鼻筋が通った凛々しい顔立ち、身体の線は細く、歌舞伎役者のような風貌の男は、武智とともに阪急から移籍してきた内藤幸三である。
「こりゃいけん。すっかり寝てしもうたわ」
 目を醒ました伊予弁の武智は、莚を振り払って起き上がる。
 これまでの野球人生において経験がないほどの歓待を受けてすっかり気を良くし、別称である「酒仙」の素性を如何なく発揮、夜通し痛飲した武智は、寮に帰る途中、ここで寝込んだ。
「広島はええ街やけん、ついついのんでしもうたわ」
「外で寝るほどのんでしもうたのはええとして、お前、顔になにを書いとんねん」
 そのまま朝を迎えてしまった武智は、立ち上がって身体についた土を払い、近くにある商店のガラスのショーウィンドウに自分の顔を映し、額の落書きに気がつく。
「誰や、こないなもんを書いたんは」
「酔っ払って外で寝る奴が顔になにを書かれても、物を盗られとらんだけ文句は言えん。ほら、バットもボールもグラブも盗まれとらんやろうが。昨晩の帰り、お前はここで寝込んだんやが、帰るぞというてもきかんかったから、酒ものんどるし凍死することはないやろうと思うて、放って帰ったんや。まあなんにしろ、お前の酒豪もほどほどにしとかんと、そのうち石本さんに怒られるぞ」
 金星スターズ、阪急ブレーブスと二年間、ともにすごした二人は、金星スターズ時代に、同チームの二軍監督を務めた石本とは面識があり、その「野球の鬼」にこれから鍛え抜かれるのだと戦々恐々としながらも、名監督として知られる彼の元で野球ができることを楽しみにもしていた。大映の永田嫌いでもある彼らは、昭和二十三年の暮れ、永田による金星スターズ買収が決まると自ら願い出て、ともに阪急ブレーブスに転出するなど、よく行動をともにする間柄であった。
 寮に向かって気だるそうに歩き出す二人は、広島へやってきてたくさんの広島市民と触れ合ったことにより、この街で野球をやるということは、ほかの都市のそれとは重みが違うということを感じ取っていた。

 闇夜に紛れた稜線が紅々と浮きはじめ、やがて空が白く澄み、鳥の啼き声が朝を告げる。市民と市電が動き出し、今日もこの街の一日がはじまる。
 総合グラウンドには早朝から、広島カープの職員である久森忠男、龍崎直哉、山野彦市の姿があった。彼らは青々と草生す荒れたグラウンドと化したこの場所に連日現れては、早朝から陽の暮れるまで、グラウンドを覆う草を刈り、土をならし、手製のスコアボードを設置し、どうにか広島カープの本拠地の球場として披露できるところまでこぎつけていた。
「もうすぐプロ野球が開幕するというのに、我が広島カープはのっけからこの財政難。巨人は後楽園、阪神は甲子園という立派な球場を持っとるというのに我が方はこれよ。いやはや、なんとも情けないよのう」
「我が広島カープは市民球団じゃ。銭がないことは、はなからわかっとったことじゃろうが」
「それにしたって、ここまで銭が集まらんとは予想外よ。これでは選手集めがままならんのは当然じゃ。こがいなことで、本当にカープの船出はできるんじゃろうか。わしら職員の苦労が水の泡になりゃあせんかいのう」
「馬鹿たれ。いま、石本さんや役員の人たちが必死になって銭と選手をかき集めとるんじゃ。わしらはあの人たちを信じて、わしらはわしらのできることをやっていくしかなかろうが」
「そうはいうてものう、広島市、広島県、周辺の市区町村、広島にある企業など、あてにしとったところからの支援も思うように集まっとらんそうじゃないか。一番多く出す予定だった広島市は、その約束を反故にしてびた一文もくれとらんと、もっぱらの噂じゃ。いったいどうなっとるんじゃ」
「それはのう、占領軍の経済顧問、ジョゼフ・ドッジ様が行った金融政策のおかげで世の中に不況の嵐が吹き荒れとるからじゃ。原爆で焼け野原になった広島市は、ただでさえ深刻な財政難のところを、さらなる打撃を被っとる。いまの日本経済は見渡せど見渡せど、どこも阿鼻叫喚の地獄絵図よ」
 マッカーサーが招聘したジョゼフ・ドッジの経済政策により、戦後の沸騰するような極度のインフレーションから急転、日本経済がデフレに振れ、国内の企業や商店の倒産が相次いでいた。
 そのころ石本は、広島市内やその周辺をまわり、あらゆる団体や企業に広島カープへの支援を訴えていたが、彼らの言うとおり、他都市以上に冷え込む広島の社会経済は頗る状態が悪く、ひとつひとつから捻り出すようにごく僅かな額、しかし彼らからすれば精一杯の気持ちを集めてまわっている現状があり、船出はなお荒波の中であった。
「そういえば、今年は平和祭が中止になったらしいが、いったいなにがあったんじゃ」
「さあのう。市長の浜井さんが占領軍に盾突いたとか、ピカの惨状を外国のジャーナリストに発表しようとしたからとかいろいろな噂があるが、本当のところはようわからんのよ。ただ、市長が占領軍から睨まれとることだけは間違いないみたいじゃけどのう」
 久森たちは、グラウンド隅に置かれた廃材の小山から一枚の大きなベニヤ板を取り出し、墨汁をつけた筆で「廣島カープ 結成披露式」と書き込む。
「ああ、寒い」
 寒風に縮こまる三人は、グラウンド隅に置かれた錆びたドラム缶の焚き火で暖を取る。
「薪がなくなりそうじゃ。わしらの仕事はまだようけ残っとるというのに、困ったのう」
「心配せんでも、薪なら必要になればまたそこらで拾うてくればいい。広島は原爆で滅茶苦茶に破壊されてしもうたけえのう。廃材なら街のあちこちで拾えるわい」
「そりゃあそうじゃのう。薪には困らん街で大助かりじゃ」
 夜通し働く彼らがその不遇を笑い飛ばすころにはすっかりと陽が昇り、簡素ながらも整備された清潔なグラウンドが、広島の街の凛然とした風景として映えていた。

 浜井信三の自宅は市庁舎から国道二号線を二キロほど東進した仁保にある。あの日、市の配給課長だった浜井はこの自宅で被爆したが、建物の影にいて軽症で済んだ。浜井はすぐさま火の海と瓦礫の山を越えて市庁舎へ向かい、同様に軽症で済み、緊急召集された山下久義らの職員とともに、それから不眠不休で二日間、被爆した市民の救護活動に当たった。彼らはこれを赤十字に引き継いだあと、壊滅した市のインフラの復旧と食料の調達に奔走することになる。
「どの程度なら占領軍に睨まれないのか悩むところだね、山下さん」
 手書きの原稿を読み込む二人の悄然とする表情が、煖炉の灯りにぼんやりと照らされている。
「プレスコードがありますから、奴らを非難するような表現はご法度です。例えばここに書かれているような『米軍が行った原爆投下によって市民は虐殺された』などは駄目だし、『ピカの後遺症により、被爆者はいまでも苦しんでいる』なども当然、避けるべきでしょう。とにかく、第一回、第二回平和祭における平和宣言のような、いえ、あれよりももっと、波風の立たない穏便なものでなければ危険です」
「しかしなあ、原爆投下をしたアメリカを毅然と非難した上で、世界へ向けて平和を希求するのが平和祭であり、平和宣言であるべきなんだ。アメリカが落とした原爆によって多数の広島市民が亡くなったことは、これまでの平和宣言では盛り込めんかった分、どうしても盛り込みたい」
「無茶です。これまでの平和宣言ですら、奴らにさんざん脅されたでしょう。我々は戦争に負けたんですから、敗者なりのやり方でいくしかない」
「戦争に負けたくらいで、そこまで卑屈にならなきゃいかんのか。しかも、これは八月六日にやらんと意味がないのに、それを一月の、しかも広島に誕生することになった野球チームへの祝辞という形を借りて発表とはのう。まあ、声明が出せるだけましということか———」
 浜井とその朋輩である山下は、市職員としての業務の合間を縫い、浜井の自宅や市役所の会議室、あるいは浜井が戦前から馴染みにしている喫茶店「夢の地下」など場所を変え、声明文の推敲を重ねていた。
「山下さんもご存知のとおり、これまでの平和宣言の肝要は『昭和二十年八月六日に原爆が落とされて多数の広島市民が亡くなった』というところにあったわけだが、それが奴らの機嫌を損ね、中止になったんだろう。『朝鮮半島情勢悪化のため』という中止の理由は、この平和祭と平和宣言を潰すための大義名分に決まっとる」
 実際、朝鮮半島の情勢は悪化していた。北にはソビエトと中国が控え、南にはアメリカが控え、いままさに両陣営のイデオロギーが衝突しようとする緊迫した状態にあり、朝鮮半島で有事が起きた場合、最前線の基地になるであろう日本において無駄な騒乱を起こしたくないというGHQの事情があったことは事実である。しかしながら「日本の民主化」を標榜する彼らとしては圧政ともとられかねない行為を公然とさせるわけにはいかず、名目上は「朝鮮半島情勢悪化のため」、つまり日本国内における治安維持行動という理由にされ、昭和二十二年八月六日にはじまった「広島平和祭」と、浜井市長によって読み上げられる「平和宣言」は翌昭和二十三年を最後に、昭和二十四年の夏は中止に追い込まれ、昭和二十五年夏のそれも、年が明ける前に中止が通達されていた。
「今年は平和宣言がない代わりに、この『広島カープ誕生における広島市長の祝辞』が、唯一の市長による声明になると思われます。いま、我々の行動は奴らに牛耳られている。とにかく昨年に続いて、今年の八月六日も、平和祭ができないのです」
 二人は黙り込み、暖炉に撥ねる薪の音が虚しく響き渡る。
「原爆でたくさんの広島市民が亡くなった事実を盛り込みたいのはやまやまですが、奴らはいま、過敏になっています。そこを広島カープ誕生についての祝辞だけを行いたいとして、どうにか市長の声明の機会を許してもらったようなところなのです。つまるところ、まことに残念ではありますが、これまでの平和声明のように、奴らを挑発しかねない表現を盛り込むことはできないのです」
「しかし、それでは『平和宣言』の価値がなくなるのう———」
 浜井の部下として市職員のキャリアをスタートさせ、以降は家族ぐるみの付き合いを重ねていた山下は、浜井にとって最も信頼できる朋輩であった。原爆投下当日、山下は市の営繕課長であったが、舟入にあった自宅は全壊。山下は、倒壊した梁に足を挟まれて骨折の重傷を負いながらも、足を引きずって市庁舎まで駆けつけ、同様に駆けつけた浜井たちと、被爆した市民の救護に当たった。
「とにかく、今年の奴らは例年にないほど緊張感が高まっています。いま、なにか刺戟を与えることはとても危険です」
 外で進駐軍のジープの乾いたエンジン音がして、二人の呼吸が一瞬止まる。山下が即座に立ち上がり、曇る窓を手で吹き、外を覗く。ただ通過しただけだったジープが小さくなってもそれを見つめたまま、山下が続ける。
「広島カープ誕生における広島市長としての祝辞ですから、例えばこういうのはどうでしょう」
 山下はそう言うと、窓の外から視線を離し着座する。そして原稿に大幅な修正を加えたあと、それを浜井に向けて読み上げた。
「市民が原爆によって亡くなったという表現の代わりに『あの夏、広島の野球が死んだ』という表現にするのです。あの日ではなく『あの夏』としているので、原爆が投下された八月六日を指すのか、終戦の玉音が全国に流れた八月十五日のことを指すのか曖昧です。さらには広島市民が死んだという表現ではなく『野球が死んだ』とします。広島は古くから野球の盛んな土地柄ですから、『あの夏、広島の野球は一度死んだ』という表現にしておけば、いくらでも逃げの口実ができます」

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John Morris

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広島の風(全20話)

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